そうして長い夏は終る。
秋の嵐に目覚める為に。
「なん、とか、仕上がった——っっ!」
ばふん、と机に突っ伏して両腕を放り出す。ふはー、と周囲から同じ用な声が聞こえてくる。衣装班の誰もがぐったりと教室の床やら机やら椅子の上にへたり込んでいた。あたしは苦笑いする気も失せて、ぺったりと木の冷たさに頬を緩める。あー、良かった。本当終って良かった。
一時期はもう終らないんじゃないかってくらい大変だった衣装縫いも、これで終わり。夏休みを越えることにならなくてあたしは心の底からほっとした。
(……そうは言っても、もうすぐ夏も終りそうだけど)
結局全然遊べてない、とげんなりする。もう八月も半ば過ぎ。毎日毎日登校していたわけでもないし、まぁ遊んだと言えば遊んだんだけど、なんとなく勿体ない気分だ。
「終って良かったね、朝倉さん」
ふんわりした声にぐったりゆうらり顔を上げると、珍しく疲れ顔の木戸くんが暗幕を畳んでいるところだった。うん、と返してあたしはへらりと笑った。
あの日。あたしが熱を出して、深緒がお見舞いに来てくれた日以来、あたしは今まで以上に二人の様子にはらはらして仕方がない。たぶん、こういう時は、きっとむやみやたらと突っ込んじゃいけないんだろうなぁってくらいの分別はあるけど。でも、やっぱり気になる。あの後やっぱり深緒は何も言ってこないから、……告白はしてないんだろう。いや、しようとしたのかもしれないけど、上手くいかなかったのかもしれない。そういう、色々ままならないのは当然だけども、もどかしいと思ってしまうのも仕方ないじゃないか、とよく分からない言い訳が胸の中で渦巻く。
——そう、あの、熱の日。
あの日以来の小さな変化は、もうひとつ、ある。それもあたしに。
「あれ、佐川?」
びくぅっ、とあたしは傍目にも怪しく飛び上がった。ばくばくと心臓が煩くなる。
「あ、木戸? なんか監督に衣装見てこいって言われたんだけど」
「ああ、ちょっと待って。今持ってくる」
「悪いなー」
ちょちょちょちょ。
ちょっと。
(ああああああああっ!)
近づいてくるな————っ!
べろん、と洗濯物みたいに机にぶら下がった状態で、あたしは無言で訴えた。
あの日以来のあたしの変化。が、これだ。
無意識に、妙に構えてしまう。頭の中が真っ白になって、気付けば逃走(、、)本能のままに逃げ出しそうになっている。
何でだ。
本当何でだ。
ぺた、と上履きが床を踏む音が間近になった。柔らかい気配がする。……佐川、だ。
そう、確信すると、どうしてか泣きたくなる。酷く情けないような、おばあちゃん家に着いたみたいな、そういう気分になる。
ああ本当に、どうなってるんだ。
「朝倉、」
話しかけるな。
……とも言えないので、何、と突っ伏したまま言う。
「あれ、上着。ほとんど朝倉が作ってくれたんだってなー。さんきゅ」
「……班長ですから」
「大分当初より装飾減ってて助かった」
「……ん、まぁ。衣装班でも無茶なことだったら、千乃に融通出来るし。気にしないで」
「んー」
ぼそぼそ呟くと、ぐわしゃと頭をかき撫ぜられた。だけど痛くない。ふわりと、子犬を撫でているような触り方。
あたしはそっと佐川を窺った。
どこか老成した、柔らかな眼差しと眼が合う。
……ああ。
本当に、どうしよう。
だけどそんなあたしの心と裏腹に、夏は終る。
文化祭本番を引っ提げた秋と入れ替わりに。
始業式も終わり数週間経ち、まだ夏の匂いが消え切らない二学期にも慣れ始めた頃、漸く文化祭はあと三日後に迫っていた。
少しずつ落ち着きが無くなってくる校内であたし達衣装班は、それぞれ衣類に破れほつれがないかの最終チェックなるものをしている。
「……ん、よし。おっけー、かな」
「だねー。じゃあ本番までこれは放置、ってことで」
「礼奈ぁ、その言い方、微妙」
きゃらきゃらと笑う礼奈に一応突っ込んで、丁寧に姫の衣装を畳む。隣で木戸くんと新谷が、他の衣装を分類分けしてプラスチックの箱に詰めてくれていた。
「あ、ありがとう二人とも。なんか手伝う?」
「大丈夫大丈夫。朝倉さんはもう休んでて」
「……」
朗らかな木戸くんの言に、新谷まで強く頷くので、あたしはその言葉に甘えて椅子の背深く座り込んだ。
(……もう、三日後かぁ)
早いなぁ、と何やら感慨深い気持ちになる。この夏はずっと、嫌になるほど眠り姫にかかずらっていたから、佐川との眠り姫論議やらストーリーやらが頭から離れない。
眼を瞑る。
佐川と、深緒の、演技が。
脳裏に滲むように浮かぶ。
スリーピングビューティー。王子のキスで眠りから覚めて。
王子の想いを受け取いれる。
「……はーる? 大丈夫?」
「あ、うん。ごめん、ぼうっとしてた」
「ん、いーよいーよー。春夜疲れてるっぽいし、ゆっくりしてなよ」
お茶持ってこよっかー? なんて珍しく礼奈が親切だ。あたしは苦笑いして、いいよぅと首を振った。
何だかこの演目のせいで、無駄に悩まされた気がする。まったくもって甚だ不満だ。だからなんとしてでも元を取らねば。
きゅ、と軽く拳を握る。——そう、もう、あと三日。
さぁ。
文化祭、だ。