買い出し組が帰ってきた途端、屍達はものすごい勢いで起き上がりアンデッドの如くドアの前に群がり始めた。むしろたかり始めた。

 一番最初に教室に踏み入った、コンビニのビニール袋を三つも引っ提げた礼奈が、怒鳴りながらそんな級友達を振り切ってあたし達の方に向かってくる。が。そんなことで引くような殊勝な精神は持ちえていないみんなは、礼奈がげっそりと手ぶらになるまで諦めなかった。恐ろしい。

 ふらふらしている礼奈の背を苦笑しながら佑香が押す。ゾンビ化していなかった新谷がそんな二人に近づいて、やる気なさそうに礼奈を宥める。

「礼奈はほんっと、野生だよなー」

「間中ぁ、それ礼奈が聞いてたら笑顔で撲殺されるよ?」

「だいじょぶだいじょぶ、したら塩野が守ってくれる」

 からからと笑う間中と礼奈は、わりと古い仲らしい。小学校の頃からもう知り合いだったとか聞いてる。女郎花学園、つまりあたしの学校は、幼等部と、中学から大学まではあるけど、小学校、初等部はない。どうせなら作ればいいのに、と思わんでもない。

 それはともかく、だから二人もある意味幼馴染みみたいなものなんだろう。千野と井場みたいに。まぁこの二人は正真正銘、ご近所さんからの幼馴染みらしいけど。

 それにしても塩野が守ってくれるとか、間中は本当に佑香を巻き込んだりおちょくったりいじくるのが好きだなぁ。無意識なところもあるっぽいけど。——たぶん、これは、つまり。

(………………ある意味分かりやすいけど、なんか佑香が可哀想だよねぇ)

 うーん、と顎に手をやって唸る。木戸くんと深緒は、ものすごく祝福しがいがある二人なんだけどなぁ。まぁ幸せなら良いんだろうけど。

(いやまだ深緒がどう想ってるのかは分かんないけどさ)

 そんなことを悩んでいると、ぱっと横で間中が手を上げた。その隙に残っていた芋羊羹のひとつをばくりと千乃が頬張る。……どんだけ食い意地張ってんの。

「しーおーのー、礼奈はほっときゃ回復するからこっちこっち」

「ちょっとー、しっけーすぎると思うんだけどー」

 あっけらかんと言う間中を礼奈がじろりと睨んだ。その背をどうどう、とでもいうかのように新谷が叩く。すっかり猛獣使いだ。佑香は困ったような顔に呆れを乗せて、一旦礼奈を新谷に預け、すたすたと間中へ向かう。にへらっと笑う奴を、

「ばか——————っっっ!」

 ……すんごい声量で詰った。

 びりびりびり、と耳に響く。間近でくらった間中はもっとだろう。意味分からず、といった顔で、眼をぱちくりさせている。

「ぇえ?」

「もうっ、やだ、間中!」

「……ええええ?」

 ふるふると佑香の拳が震えている。

 あたしも間中みたいに目をしばたたかせ、つい佐川と千乃を窺った。

 ……え、あれ、どしたの?

 目だけで会話を試みる。

 知らん。

 同時に同様の意志が、二人のぽかんとした眼差しから伝わってくる。おい。

(……ほ、本当にどうしたんだろう佑香)

 暑さに壊れたのかなぁ。

 怒られている当の本人もさっぱり事情を呑み込めていなそうだから、さらに分からない。

 間中が佑香を怒らすのはいつものことだけど、こんな突拍子もなく謎な行動になることは、なかったような。

 とかぼんやり考えていれば。

 佑香の影で、にんまりと礼奈が笑った。

 ——うわ。

 なんかしたな。

 瞬時に理解できてしまうから友人って嫌だ。

 千乃も察したらしく、ぽんと佐川の肩をおざなりに叩いて、「とりあえず、これ片付けよっか。みんなに見つかる前に」とせこいことを言った。

 まぁ、同感。

 ちょっと表出て! と道場破りみたいなことを叫ぶ佑香とそれに引き摺られていく間中を尻目に、あたし達はこそこそとビニール袋の中へ、残りの芋羊羹をきちんとラップと布に包んでパックに仕舞って放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 聞いたところによると、何か間中が、大して大きくもないことで、無自覚にまたおかしな行動をやらかしたらしい。無論佑香に。で。それで戸惑って苛ついて混乱していた佑香が、礼奈の多分きっと恐らく絶対遠回りな助言を貰って間中の要求を理解し、「それっくらいさらっと口頭でストレートに言いなさいよ!」と爆発したらしい。うーん単純明快、気分爽快ざまみろ間中——ごほん。

 蜜柑ジュースの缶の蓋をぷしっ、と開けて、一瞬の間もなく呷る。ごく、ごく、ごく、と冷たくて甘い飲料水が喉を通っていく。

「っふは」

 美味しい。

 蜜柑ジュース選んで良かった、とついニヤけてしまった。いかんいかん、暑さにやられた宇宙人みたいな顔に。

「三輪島、」

「んあ? 宗治、何そのジュース」

 井場に呼びかけられた千乃が、幼馴染みの持つ缶を見て、驚いたように片目を見開いた。気になってあたしも身体を斜めに傾ける。

「…………南獄ぱいなっぷるチキンカレー風味、炭酸飲料?」

 いやいやいやいや。

 なんじゃそりゃ。

 ものっすごいゲテモノっぽそうなんですが。

 呆気にとられて千乃と似たような顔になっていると、井場は居心地悪そうに目を逸らした。

「……ぱいなっぷるが、ポイントらしい」

 問題はそこか?!

 ぶはっ、と背後で吹き出すように佐川が爆笑する。堪えきれなかったらしい。礼奈はばんばんと机を叩いて声もなく大笑いしている。新谷も無表情ながらひっそりと頬を震わせていた。

 そりゃそうだ。いかにも剣士とか落ち武者……じゃない、武士っぽい見た目の井場が、あんなものをもくもくと飲んでいるんだから、これが笑わずにいられるか。似合わな過ぎる。

 あたしも蜜柑ジュースを持つ手が震えてきた。千乃はこん、と飲み干したジュース缶を机に置き、だんだん険悪な表情になっていく井場を見据えた。

「てか、不味くないの?」

 真顔で言われた至極まっとうな質問の答えは、

「不味いに決まってる」

 当然の如く、まっとうだった。

 

 

 

 


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