佐川君のつぶやき。彼の心は見た目以上にじじくさいようです。のったりまったり。
ありがとうございました!
春夜は肝心なところがズレている、と思う。
俺があのひとを好きになったのは、もう思い出せないような随分前のことだ。まあ落とされた瞬間なんて覚えていても仕方ない。恥ずかしいし。
ともかく、高一の終わり、さすがにそろそろまずいんじゃないかねとのろのろ焦った俺は、暢気に笑う春夜に仄めかしたわけだ。いつもは抑えている恋情を、取りこぼしもなく向けて。
それで挙動不審になったから、てっきり勘づいたのかと思えば、どうやら違うことに気付いていたらしい。勘違いし続けていた俺も馬鹿だけど、春夜のズレっぷりは何だか本当に残念だよなぁ、と俺は目の前のふわふわした頭を撫でぐりした。む、と目を細めて春夜が唸る。なにさ。ちょっと不満そうに唇を尖らせる。俺は笑ってぐいとこの細い肩ごと引き寄せて、小さな子供にするみたいに抱きしめた。ふわふわしている。何か抗議の声が聞こえなくもなかったけど、無視する。まさかこのひとにこんな風に触れるようになるとは思わなかったから、今まで我慢していた分、思う存分柔らかい頭を撫でくり回す。高いような低いような体温。ほっとするような温度に、それでもまだ青二才の俺の心臓はむやみやたらと跳ね上がった。
まったく、高二になって後に引けないし博打のつもりで押してみたっていうのに、それには気付いていないんだから、本当に春夜はズレている。……まあ、俺も俺で暢気過ぎたかねぇと思わなくもないんだけど。
「……そういえば、佐川」
「うん?」
抗うのは諦めたらしい。どうでもよさそうな顔を寄せてきて、彼女はぽつんと呟いた。
「前さ、深緒、泣かせてたでしょ」
「……、……? ——ああ、文化祭前のこと?」
これはまた随分懐かしい話だ。
それにしても、春夜がそんなことを気にしているとは珍しい。俺と違って、あんまり嫉妬のような感覚は抱かないらしいひとだから。
俺はちょっと嬉しくなって、にんまりと笑った。
「何々、気になる?」
「うん」
「…………」
即答されて、ちょっと言葉に詰まる。あれ? 予想だとものすごく気まずそうに目を逸らすだろうと思ってたんだけど。超予想外。このひとそこまで天然ゴーイングマイウェイだったけか。
「……あ、そうなの?」
間抜けな答えになった。
「うん、あれってさ、木戸くんと何かあったから?」
……あー、そういう意味で『うん』なのか。ことごとく俺の期待を裏切るひとだなぁ。
——あれ、ていうか、知ってるのか。
ズレて鈍感まっしぐらな春夜にしてはちゃんと把握してる。
「ああ、まあ、木戸がまたなんかよく分からん切れ方をしたんだな」
「……木戸くん、切れるのか」
「いや、あいつは結構短気……あー、そうか、春夜は知らないのか」
「うん?」
きょとんと春夜が瞬く。……うーむ。
「……まあ、知らぬがほとけ」
「え?! なんで?! ていうか、灯夜って木戸くんと仲良かったっけ」
「あ、言ってないっけ。俺、あいつと小学校一緒なんだよな。結構今も仲良い……の、か?」
「え、いや、聞かれても」
でも、へえ、なんかお似合いだねぇ、などとふざけたことを大真面目に抜かす彼女は、きっとあいつの切れたところを見たら固まるんだろうな。
それにしても。
腕の中の小さな、何だか未だによく分からない生き物を見つめる。
……可愛いなぁ。
これ以上ってものがないくらいだ。
多分、それは、俺がこのひとを好きだからそう思うんだろうけど、まあ、思うものは思うんだからいちいち考えても仕方ない。
「さて、勉強しますか」
「うぐ……もう一杯、お茶飲まない?」
「よし、飴もつけてやろう」
「だから子供じゃないって」
とりあえず、折角この腕にきてくれたわけだから、これから絶対逃さないようにしないとなぁ。
一生俺の傍でのんびり誤摩化されていてもらう為に。
「ああっ? ちょっと待って、なんかこれ苦い?!」
「……あ、蒸らし過ぎた」
なんたって本当にずぅっと欲しかったんだからさ。
はるの色したこの生き物は、俺のいちばんすきなひと。