お姉ちゃんはお見通し。
ある日の休日。姉から見た春夜。行動パターンが完璧に読まれております。
ありがとうございました!
見るからに、うちの妹はどんくさい。
そのようなことを言うと、大抵は苦笑いする。そりゃ、あんたの妹だからそう思うんでないの、とこうくる。でも、絶対、あたしの方が正しい。うちの妹は一般的に観て、どんくさい。
この前なんて、熱を出したことにも気付かずぶっ倒れて帰ってきたりした。さすがのあたしもあれには驚いた。ほんと、馬鹿だ。
「……未春さん、似てないの?」
妹さんと、と目の前で砂糖たっぷりのカフェラテを飲みながらクリームがわんさか盛られた苺スペシャルパフェを頬張る男が訊いてくる。胸焼けしそうな組み合わせだ。
「……小須賀、それ、美味しいの?」
あたしは質問には答えないで、思わずそんなことを呟いた。小須賀は笑顔で頷き、食べる? などとスプーンを突き出してくる。いらん、と振り払って、あたしは大きくため息をついた。
「……まあ、似てないっちゃ似てない。あの子はどんくさくて、しかも大変鈍感なのよ」
「そうなの? じゃあ似てるんだ」
「似てないって言ってんでしょうが! 何でそうなるの」
そう、鈍感なのだ。というかあんまり自分に感心がない。
(……まあ、見てる分には分かりやすいけど)
ここ半年ちょっとくらい、ずっと挙動不審だったから、ああ春が来たのね、なんて思っていたものだったけど。
だから熱を出した日に、それっぽい少年が現れた時にはにんまりして鍵を渡してしまったんだけど、——あれはさすがにまずかっただろうかと、今ではちょっと思う。不用心かね。でもポストの中に返してくれていたし、うん、ばれなければいいや。
「……みーはるさん、今なんか悪いこと考えてなかった?」
「ないわよ。ていうか、読むのやめなさいよ」
「やーでも目の前にいるから」
ははは、とむかつく笑い方をして、ぱくりと大きい苺を口に放る。もちろん生クリームとシロップたっぷりの。
あたしはクリームソーダをかき混ぜながら、ちょっと首を捻った。
「……あたし、何でこんな話、してるんだっけ?」
「妹さんがさっきそこでデートしてたからでしょ?」
ああ、そうだった。
春夜があたしに全く気付かずぼへらっと歩いているところを思い出す。この喫茶店のすぐ前、硝子張りの向こう。可愛い小物屋の品物を、あの子はまだ難しい顔をして睨んでいる。何メートルとない距離で、姉が見ていることなんてこれっぽっちも思っていないんだろう。少年は少年で、のほほんと春夜の後ろで待っている。あたしは何だかものすごくむずがゆくて、その暢気な姿に頭を抱えた。
……ちょっとくらい、気付け。
*
じいいい、とショーウィンドウに並んだ雑貨を睨む。薔薇の造花で飾られた白いシルクハットを被る、柔らかそうなうさぎのぬいぐるみ。きらきらと人工の石で細かに装飾された小物入れ。どれもこれも可愛い。
「どういうのが好きなんだ?」
ひょいと降ってきた影に顔をあげる。眩しそうにしながら灯夜は小物達に緩く視線を走らせた。きれいだねぇ、などとまたじじくさいことを言っている。……なんていうか、こう、本当、青臭い恥じらいとかがないひとだよなぁ。
「ん、結構、ピンクピンクした、可愛い系とか」
「かわいいけい……難しい単語だな……」
「いや意味分かんないから」
うーん、と腕を組む。華奢なレースのブレスレットがふと目につく。生成り色に繊細な模様がくり抜かれていて、ビーズの房がついている。可愛い。
(可愛いけど……うーん、お姉ちゃんのが、こういうの、上手いしなー)
難しい。
「もうさ、なんかこう、でっかいのにしちゃえば? ちょっと材量とか揃えられないようなやつ」
「ええええ、予算ないよ」
「ひねり出せ」
無理、と唸ってぶんぶん首を振る。ああもう、決まんないなぁ。
「別に何でも喜んでくれるんじゃねぇの?」
「駄目。気に入らないと、ははん、って笑われる。鼻で」
「……どういうお姉さん?」
そういうお姉さん、と返して、とりあえずあたしは店の中に入ることにした。くいっと灯夜の袖を引っぱり、ドアを開ける。からんからん、と硝子細工の鐘が涼やかな音を立てた。うん。ここで、三軒目なんだから、そろそろ決めよう。ここ可愛いし、きっと何かある。あるって信じてる。いいかげん、灯夜にも悪いし。
「……ほんっと、お姉ちゃんの誕生日って、いっつも悩むんだよねぇ」
何しろ半端なプレゼントじゃ駄目なんだから。
「あ、お店に入った」
「実況しなくて良いから」
頬杖をついて、ずずっとストローをすする。行儀悪いねぇ、なんて小須賀は言うけど無視だ。
「なんかすっごい悩んでだけど、何だろうね」
「……あれね、あたしの誕生日プレゼント」
「え」
ぼそ、と呟く。小須賀はぎょっとしたようにカフェオレから口を離した。春夜達を見たりあたしを見たりしてから、眉尻を落とす。あたしはばつの悪い顔になる。
ああもう。
「ほんっと、分かりやすいのよね」
どんくさいんだから。
数秒後、ごくりと最後のカフェオレを飲み切った小須賀は、ものすごい時間差で爆笑した。
まったく、だからどんくさいっていうのよ。