小木山芒、小学三年生。 あたし、美人になりたいです。 1 芒、墓前に参る。 十月十日。あたしの誕生日。だけどあたしはこの日が大嫌いだ。と。小木山芒本日九歳は思っていた。 「わぁあああ芒!待って待って待ってその袋絶対落とすなよ!」 「はいはい」 芒は適当に相槌を打って、言われた袋を支え直した。 言うと嘘だ嘘だと嘆かれる童顔美中年の芒の父、小木山良夜、三十一歳。かなりの年齢詐称顔である。 芒の家族はたったのこれっぽちだがまあこのこれっぽっちの人間が面倒臭いくらい騒々しいので寂しいなんて感じることは滅多にない。……のだが、一応言っておくと別に芒は父親の腹からミラクルに産まれてきた宇宙人ではないので、ちゃんと産みの母はいる。が。 彼女はもう、遠い空の彼方だ。 ……つまり、他界しているのだ。芒が三歳のときに。 だから小木山家は芒と良夜のたった二人っきりの父子家庭なのである。 芒はぽん、と墓石を叩いた。優しく、撫ぜるように。 連綿と書かれたご先祖様の名の下に、ひっそりと母の名前が彫ってある。 小木山 秋穂。 母さん、と芒は呟く。 何故。 何故父を。 「うわうわうわ水水水水零れる芒手伝って―――っ!」 何故こんな父をほったらかしにして逝ってしまったのか。 本当に芒は泣きたくなる。どおしてウチの父はあんなにぽわわんなのか。イヤ良いんだけど。良いんだけどさぁ。 「父さん、何でバケツ二つ分も並々注いでくるの。いらないからそんなに」 はぁ、と溜息をついて芒は良夜に歩み寄る。 片方に手をやると、父はにっこりと微笑んだ。 「なるべく綺麗にしてやりたいと思ってなぁ」 芒は目を眇めて、それ以上何も言わなかった。バケツの一つを両手で持とうとする。と。 「ああ、良いよ芒。父さんは手伝って、と言ったんであって持ってくれとは言ってないだろう?すこぉし手を貸してくれれば良いんだ」 そう言って良夜はくい、と片手を引っ張った。バケツを持ったまま。芒は瞬きをして、 「ん。分かった」 こっくりと頷いた。 ばしゃ、と墓石に水をかけて、花を飾る。それから小さく頭を下げて、数分間黙祷。 十月十日。芒の誕生日であると同時に、彼女の母の命日だ。 芒は、別にだからこの日が嫌いという訳ではない。 ただ、いたたまれないのだ。 「よし、それじゃあ芒。今年のケーキは何を買おうか?」 この父の気遣いが。 …………あとちょっと面倒臭くて。 |