芒は仏壇の前で正座していた。 じ、と母の遺影を眺める。 母は、綺麗なひとだった。芒の中の母は三歳児の記憶のみで構成されているのでぶっちゃけ全くはっきりしないが、少なくとも遺影や写真の中、それと父の話の中の母は、とても綺麗なひとだった。 ふわりと、秋風のように柔らかに微笑んでいる女性。遺影の中でしか、もう会えないひと。父が、聞いててぐったりするぐらいべた惚れだったひと。 「……ごめんね母さん。せっかくの、父さんとの逢瀬だったのに」 それでも、今の金銭問題と生活を優先させてしまって。 * 「で、何をすれば?」 良夜は氷の微笑みで目の前の男に訊ねた。 社内が、ぱき、と固まった気がした。良夜が働く会社では電気製品、主にプログラムなどを扱ったり、またはお菓子や食品を作り出したり、と、色々節操のない仕事が日々繰り広がっている。頂点にいるらしい財閥の皆々様は学校食品店経営なんぞもしてるらしい。が、下々のヒラ会社員(でもエリート)には関係ない。 凍り付く仲間たちから目を離し、良夜は溜息を吐いた。あからさま……ではなくこっそりと。 「あ、えっと……、小木山くん?」 「はい。それで何をすれば?」 にわかに周囲がざわつく。 「ほら……だから言ったんじゃん……。今日は小木山さん呼んじゃ駄目だって……」 「あのひといっつもこの日だけは休んでんだもんなぁ……」 「すんげ愛妻家だったから……いや今もそうか……」 「え、何すかそれ!」 「あー、オマエは知らないかぁ」 「私も知りませんよ?」 「そうかー、もうそんなに経ったんだなぁ……」 「ちょ、権田さんじじむさ! 俺たちまで時代感じちゃうじゃないですか!」 「んだとう!?」 「ジェネレーションギャップだ」 …………何故うちの社員は変なのばっかなんだろう。 良夜は軽く脱力した。こきり、と肩を回す。 「それにさぁ、確か今日って……娘さんの誕生日でもなかったっけ?」 「えっ、マジ!?」 ぴし、と良夜のこめかみに青筋が走った。カッと鬼のような笑顔を閃かせる。 「さあ、早く要件を言って下さい」 次の日、良夜の上司は体調不良で休んだという。 * ぱたん、と床に寝っ転がる。 小さな手が、目に入った。 「……」 どうしてこの手はこんなにも小さいのだろう。どうして自分は母のことをしっかり覚えていないのだろう。 どうして、自分はこんなにも役立たずなのだ。 芒は本当は知っている。父が芒の思惑にわざと乗って、ホールケーキだけにしてくれていることを知っている。父が芒の考えを知っていて敢えて黙っていてくれていることを知っている。 だからといって、芒には他にどうにも出来ないことも、知っているのだ。 |