6 芒、山根くんと図書館で出会う。







 ぺたぺたと上履きの音を響かせて渡り廊下を歩く。ちらほら聞こえる話し声に、遠くから叫ぶようなかけ声。暑苦しいったらこの上ない。そんなことを思いながら芒は借りていた本を持って、図書館に入った。
 馬鹿でかい書棚の合間を練り歩き、本の背表紙に貼られたナンバーと一致する棚を探す。いち、いち、なな。
 ここだ。
 己の背丈より数ミリ高いその場所にぐっ、と手を伸ばしてなんとか本を押し入れる。くぅう。何だって小学校の図書館の棚がこんなに高いのだ。電車賃「小人」でまだまだいける年齢のお子様が沢山いるというのになんたる横暴。まったく。
 地味に怒りながら芒は図書館を出るでもなくうろうろと徘徊する。徘徊。料理本でも見ようかと気もそぞろに思う。ぺたぺたと上履きが鳴る。芒は右端よりの書棚の奥まで入り、また右の書棚へと曲がり、奥の奥で、漸く足を止める。ぼんやりと天辺を見つめ、小さく眉をひそめてから細い棚の合間をすり抜け、異様に背の高い折りたたみ式の梯子を持って戻った。どん、と目前に置く。重い足をなんとか開かせ、慎重に上へ上へと登る。登りきれば芒の小さな身体からすれば床が随分と遠い。ふ、と息を吐く。近い天井を見つめる。空は見えない。当然ながら。
 芒はかぶりを振って足場に腰掛け、近くなった棚の中から分厚い本を一冊抜き取る。表面をうっすらと撫ぜて、開く。昼休みはまだある。少しくらいなら、ここで読んでいても構わないだろう。
 ぱらぱらと頁を繰る。小さな字を、小さな指を添えて目で追う。自然と睫毛がゆっくりと下がる。色素の薄い小麦色の長い髪が揺れて、梯子に絡まってはほどけた。ふわふわと陽光が射す。芒は本に夢中になっていた。
 だから慌ただしく誰かが入って来たことに気づかなかった。
 ぱたぱたと上履きが響く。それは段々と芒に近づいてくるが、芒は一向に気づかない。全然、全く、これっぽっちも。
 唐突に足音は止む。躊躇い息を呑み呆ける気配が空気に溶ける。
「―――――……小木、山?」
 ぴくりと、芒ははじめてその人物に反応した。
 本から目を離し、僅かに首を曲げる。
「…………何?」
 あ、山根くんだ。と、芒は言ってから気づいた。山根真哉。今日給食当番で一緒だったはずの奴だ。が、絵里子に頼まれたので実際は一緒にやっていない。
「あ、いや………、っじゃない! 何で給食当番サボったんだよ?」
 あー。
 少々怒ったように……というか困ったように言う彼に、芒もどうしたもんかと頭をもたげる。急速に面倒臭い気分になった。というかぶっちゃけ絵里子に聞いてくれ、という感じである。
「サボった、っていうか。頼まれたから」
「へ、」
「給食当番、変わってって。大林さん、いたでしょ」
「あー…いた、けど。え、何で?」
「山根くんと一緒にやりたかったんだってさ」
「はぁ?」
「それは大林さんに聞きなよ。面倒臭いし、あたしが」
 それだけ言ってふいっと視線を本に戻す。さっぱり分かっていないらしい真哉には悪いが、さすがの芒もたとえついこの前まで柴崎が好きだと言っていた少女の移ろい安い心だとしても暴露する気はない。何よりやっぱり面倒だし。
「え、ちょ、――ま、」
「芒ちゃん! 鐘鳴っちゃうよ!」
 ばたばたばたと真哉以上に慌ただしく入ってきた誰かが芒の名を呼んだ。目をぱちくりさせて、芒が、笑未、と呟く。
 暫くするとぱっと黒い髪が翻った。芒は本をぐっ、と本と本の間に押し込んで、かんかんかん、と響かせながら梯子から降りる。ぽかんとする真哉の前でがたごととそれを片付け、もとあった場所まで持っていく。
「あれ、山根くん?」
「あ、……木村」
 何してるの? という風に笑未が首を傾げるのが見えた。芒はそっと苦笑して、二人の傍まで行った。
「当番の話、してた」
「あ、芒!」
 ほてほてと歩きながら口を挟む。へらっと笑い、芒は真哉を振り返った。
「あのね、だからそれの話は、“絵里子ちゃん”に聞いたげて」
 はぁ? とまたも訝し気に眉を寄せるクラスメイトに、芒はちょっと笑った。

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