わたしの領主様


 

 

 

 

 

 

 軽やか爽やかついでに優雅さすら携えて、淡い緑の小鳥が鳴いた。

「————申し訳ございません、お客様。旦那様は現在お出かけになられております。後ほどお戻りになられてからご連絡申し上げますので、滞在先をお教え願えますでしょうか」

 その自由に大空羽ばたく美しくも憎らしい羽をむしり取ってやりたい、と営業用の微笑をたたえながらレティーシャ・ソフィア=アクロイドは思った。

 ずらりと背後に控える召使い達が、目を伏せつつもそっと視線を泳がせる、気配がする。それでも優秀かつ忍耐強く何より慣れに慣れている彼らはげふんごほんなどとむやみに咳払いしたりはしない。あくまで無言。ふん、レティーシャは笑顔の裏で鼻白んだ。家令のセバスチャンがふくよかな口髭を密やかな風にそよがせる。何やら嗜めるようなものを感じて微妙にばつの悪い気分になる。——いや。いやいやいや。違う。これもそれもあれも何もかも、あの阿呆が悪い! 

 胸中で言い訳しながらも彼女は再び頭を下げる。必ずお伺い致しますので、お引き取りを、と滑らかな口調で繰り返す。

 そんな、と可哀想なほど真っ青になる使者を哀れに思わんでもないが、仕方あるまい。居ないものは居ないのである。

「わ、わかりました……そ、それでは、あの」

 諦めたらしい使者はかくりと肩を落とし、滞在先の宿の名と己の名を書き記した紙をおいて去っていった。——よし。

 ぱたん、と両開きの玄関ホールの扉が閉じた実にきっかり三秒後、レティーシャは静かに腕まくりした。

 さて、出陣だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドヴァークス王国ランディフェル領。

 隣国クラッグランドとの国境に値する関所がひっそりと佇み、お世辞にも綺麗と言い難い水としかし見た目だけならアラ美しい自然の恵みとのたまえる景色を抱く、国の湾岸部に位置する水に覆われた土地である。ふくよかな薔薇の匂いと葡萄の香りが充満する田舎町から、地に跪いてくわえた薔薇の取り忘れた棘に唇を切る伊達男や爽やかな葡萄から葡萄酒に昇格し、量産された赤ら顔の飲んだくれ共が活気溢れた店に蔓延る町まで広がれども、それほど重要視される領地ではなく、むしろロンドヴァークスの第二の田舎と言われる程でだった。ちなみに第一は農地と森しかないラヴェロサ領である。

 そんなランディフェル領の領主をカルヴァート家が長子ローランド=カルヴァートという。

 つい三年前に辺境伯の位とともに領主の地位を襲名したばかりの彼は未だ十八という若さであった。が、しかし彼は飄然とした先代の性格をばっちり受け継ぎさらに飄々と軽やかに仕事をこなしている。領民にもほどほどに慕われている、らしい。

 らしい、というのはレティーシャにとってローランドはともかく目が合うたび動悸が止まらなくなる相手であり、そんな良心的見解がいまいちむかつくからである。——動悸、とはすなわち怒りである。怒鳴りつけたくなる心情である。

 否。

「————んの、クソ領主! こんなとこで何しくさってんですかあんたはあああああ!」

 ゴン、とフライパンで殴って怒鳴り散らしても足りない心情である。

 

 

 

 

 

 

 

 


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