賑やかな歓楽街の中心にどっしりと看板を掲げる、酒の種類の豊富な『ロメ・ラマリエ』で葡萄酒ではなく麦酒をひっかけている男の姿を見つけた時、レティーシャの堪忍袋の尾はまたも(、、、)ぶち切れた。

 よくよく見覚えのある酔っぱらい達があんれ、嬢ちゃん、遅かったねぇ、などとむかつく声をかけてくるところを無視し、馬鹿笑いしている彼に一発盛大にかました彼女は、未だ動く様子のないローランド=カルヴァートの胸ぐらを掴みあげる。

「あああああんた、あんた何してんですか?! きょおは人がくるって早馬が来たばっかりじゃないですかあんたの頭は今朝三回繰り返したことすら忘れるトリ以下の脳みそですか、ええ?!」

 ゆっさゆっさと揺さぶりながら耳に唾を吐き捨てる勢いで怒鳴りつけた。と、途端に周囲がやんややんやと騒ぎ始める。

「ひゅーひゅー! いいぞ、嬢ちゃん、もっとやれ!」

「こっりゃピンチだぞご領主!」

「若様なんぞこてんぱんにしちまえぃ!」

「ええい鬱陶しい、外野だまらっしゃい!」

「つーかおいお前らみんな領主様に向かってひでぇよ」

 普段は意地悪く吊り気味の眉と普段から下がり気味の目を糸のように細くして、ぐわんぐわんと揺れているローランドがぼそっと呟いた。非常に小さな呟きだったが、ああん? と極悪面になるレティーシャ及び一同が一斉に反応する。

「うるせぇ! お前さんのせいでおらぁ今日は大損しちまったんだよ! レティちゃんに身ぐるみどころか脳みそまでひっぺがされてくりゃいいんだっつの!」

「そうだそうだ! いっつも良いところで持ってきやがって!」

「しかも飲み分まで払わせやがる! てめぇは金持ちじゃねぇのか!」

 レティーシャに掴み上げられたまま、ローランドはチッと舌打ちした。

「減るもんじゃねぇだろそんぐらい……お前らはレティに甘ぇんだよ」

「イヤ減ってんだろ! てめ何意味不明なことほざいてんだ!」

「阿呆か! 減るもんじゃなかったら俺は今日も母ちゃんにこそこそしなくてすむんだよ!」

「あ————————っっっ! うるっさい! もーいい、もーいいから行きますよローランド様!」

 ぎゃあぎゃあとまた怒号が飛び交い始め、阿呆極まりない喧嘩が始まりそうな気配に良い加減苛々していたレティーシャはがん! とテーブルを空いた酒瓶で叩きつけた。あああもう、うざったい! がしゃーん、と飛び散った破片をブーツでがつ、と踏みつける。慣れたもので、客達はその全てを綺麗に避けた。怪我人一人居ない。ぎゃははは、と品のない笑い声がどっと溢れ返る。酔い潰れた者がばんばんと愉快そうにテーブルを叩いた。さっきまでの怒りは一体どこにいったのか、本当に陽気な奴らである。

「ほら、立ってください」

「えー……どうせアドルファスんとこからだろ?」

「行くっつってんだろこのクソ領主! さっさと立て!」

 げしっ、とレティーシャは容赦なくローランドの横っ腹に蹴りを入れた。綺麗に入った。

「ぐおっ! お、お前はどんどん口と足癖と手癖が悪くなるな……」

 何やら失礼なことをもごもごほざく主の首根っこを掴み、蹴っ飛ばすように店のボロいドアを開ける。店主が嫌そうな顔をしたが、「後で使いをやります」と言えばにやりと商魂逞しい笑顔になった。……まあ、金は全部こいつの懐から出るから、良いか。

「失礼しました」

「あいよ、またよろしくなー、レティちゃん」

「今度こそ負かしてやるぜ、ローランド!」

「つうかたまには土産くらい持ってこいよー」

 勝手なことを抜かす人々に何だかものすごく情けない気分になりつつ、レティーシャはさっさか店から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローランド=カルヴァートの、奔放などという可愛らしい言葉では良い表せないこのこんこんちきぶりにつける薬はない。

 というのが、ランディフェル領主館の見解だった。長年の。

 幼い頃から若様若様この馬鹿殿がと育ててきた歳若い主の奇行及び放蕩には慣れている。仕事は手遅れになる直前くらいの間合いでこなしてくれているので諦めている、というのもある。だがしかし、だがしかし、だ。それはあくまでランディフェル領内ランディフェル領主館の人間及び領民の間での話であり、嘘でも良いからビシッとして欲しい時もあるのである。

「いーですか、ローランド様。百歩、いやさ五千七百六十八歩譲って、酒場に入り浸るのは良いとしましょう」

「……お前、いつも俺を連行しにきておいて何言ってんの?」

「黙れこの領主の屑が。でも、でもですねぇ、人が来る時くらいはちゃんと、屋敷で、びしぃっと礼服着てネクタイ締めて執務椅子にふんぞり返っていていただきたいんですよ!」

「……後半はなんなんだ。阿呆かお前は。そんな偉そうな奴に応対されて喜ぶのは変態だけだ」

「偉そうなのはどっちだボケ!」

 大通りを歩きながらぎゃあぎゃあ騒いでいると、領民達がおっと顔を上げて、にこやかに帽子を脱いで挨拶してくれる。慌てて頭を下げて、がすっとローランドに肘鉄すれば、彼は眠そうにしながらも、緩く片手を上げた。ぱっと幼い子供が嬉し気になる。花売りの少女が柔らかく微笑んで、一輪薔薇を差し出してきた。わたわたとポケットを探っている間に彼女はレティーシャの髪にそれを挿して爽やかに去っていってしまった。あああっ、と声を上げれば肩を掴まれ、パイプを吹かした男に果実水を渡される。今度こそ料金を、と思っている間に彼はローランドにも同じものを渡して水路に向かっていった。追いかけようとするが橋の上から声をかけられて逃してしまう。

「今日もうちの奴らは元気だな」

 ふふん、と勝ち誇ったようにローランドが笑った。まるで自分の手柄のような言い方が憎らしい。だいたい呑んだ暮れて賭け事に興じまくっている奴が何を偉そうに。思うが、眉をちょっと寄せるだけでレティーシャはふいとそっぽを向いた。

「当たり前です。うちは、ロンドヴァークスでいっとう良い領地なんですから」

「ははははは、私情だだ漏れな意見だな」

「むかつく笑い方しないでくれます?! だーもう帰りますよ!」

 だらしなくシャツを着崩した主の腕を乱暴に握り、彼女はけっと悪態をつきながら猛然と足を速めた。

 その後ろ姿を楽し気に見送る目に妙にこそばゆい気分になりながら。

 

 

 

 

 

 


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