ふむ、困ったことになった。

 かもしれない。

 レティーシャが奮然と怒りに燃えている時、ローランドはそんなことを思いながらぼんやりと目前の男達を眺めていた。 

 手足を縛られている為、頬杖をつくことも出来ない。故にまさしく阿呆のようにぼへらぁっとしているように見える、のだろう。怪訝そうな視線を感じる。……どうしたもんかね。

「……ご、ご領主さま、な、なんかおれらに文句あっかい?!」

 いや、そりゃ文句はありまくるのだが。

 いきなり襲われたかと思えば連れ攫われ気付けば手足を縛られて転がされていたりなんぞされて文句の一つもない人間がいればお目にかかりたいものである。是非ともレティーシャに見習わせたい。昔はあんなに可愛かったのに、今では口を開けば文句に説教に罵声に、と随分酷くなったものだ。

 ゴウウウウウウ、と風が吹き荒れる音がする。暗がりの中でも彼らの顔が見えるのはカンテラがあるからだ。冷たい地面を蟻が這っていく。カン、カン、と響くあれは採掘をしているのか。

(まさか主に水の町を総べる領主ともあろうものが、洞穴内で情けなく転がってるとはな……レティが知ったら爆発しそうだ)

 ローランドは間違った方向でげんなりした。

 意識的に死相を浮かべると、彼を攫った二人の男はあからさまに狼狽えた。何だこの情けない誘拐犯は。

「な、なんとか言えやぁ!」

「……むご、むごぐむ」

 じゃあこの猿ぐつわを外してくれ。

 視線で訴えると、男は漸くそれに気付いたのか、そろっとローランドの口から猿ぐつわを外した。え、外すのか。良いのか外して。何の為につけたんだ。

「……は、外したぞ」

「だ、ダンさん、外しちゃって大丈夫なんですか?」

「もう連絡もした……それに、ここはおれらの領域だ。もう外しても問題ないだろ」

 いや問題あるだろ。

「言っては何だが、間抜けな誘拐犯共だな」

 ぼそ、と零しやると彼らはものすごい勢いで振り返った。痩せた若い男の方など後ずさってびたん! と土壁にぶつかっていた。なんなんだ。そして何故そんなに青ざめる。それは俺がやることだろうが。

 ローランドは対応に困り、暫くまた黙ってみた。が、二人とも無言な為、なんとなく居心地悪くなってきて、仕方なくもう一度話しかける。

「……で、目的はなんだ」

 中年の方が、はっと表情を強ばらせた。

「い、言わん。お、おまえの、いつも側にいるという、お、女がくるまでな」

「………………は?」

 いつも側にいる女、ということで思い浮かぶのはレティーシャくらいだ。だが、何故彼女がくるというのだ。そもそもいつも通り行き先は言わずに来たのだから。

 訝しむが、男はこくこくと激しく頷く。だから何でそう弱そうなんだ。やりにくいだろうが。

「おまえが、連れて、いた、供の子供、に、こ、言伝た。は、早ければ、もうすぐ、くるだろう。そ、その時に、言う」

「————呼んだ? あいつを?!」

 ローランドは蒼白になった。まさか、よりにもよってあれを呼んだのか!

 ぶるぶると身体が小刻みに震え始める。なんということだ。ローランドは眼差しに怒りを燃やしてきつく男を睨んだ。その剣幕に彼らがたじろぐのも構わず。

「…………よくも、——おまえら、なんつうことをしてくれたんだ」

「ひっ、お、女に、き、危害を加えるつもりは、ない。お、おまえが大人しくおれらの要求さえ、呑め、ば」

「ちっげぇよ」

 ぺっ、とローランドは品無く唾を飛ばした。吐き捨てるように言う。

「あいつにこんなことになってるなんて知れて————しかも、こんなとこ見られたら、俺がぶち切れられんだろうが!」

 誘拐犯二人は沈黙した。

 

 

 


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