お妃さましか知らないこと

 

 

 

 
  シャルロット・アドリアン・マルブランシュはとても気の良い娘である。

 と、クラッグランド王妃コンスタンティア・クリスティアナ・アリントンは思っている。少なくとも、とてもとてもとても良い風に言えば、の話だが。

 先日隣国のコーラルフェリアから第一王子の婚約者として差し向けられた娘は、確かに、とても、気の良い、かつ穏やかで優しい王女であった。鳥が窓から飛び入れば、叩き落とせと命じるでもなく柔らかに微笑んで人差し指を差し出し、止まり木の代わりを買って出る。侍女が緊張の余り午後の紅茶のセットを盆ごとひっくり返すという目も当てられない暴挙を繰り広げようと、それによって頭から熱い紅茶を被ってドレスが紅茶色に染まろうと、彼女はにこにこと微笑んだまま、転んだ侍女に手を差し伸べる。午餐の際に幾ら王が調子に乗って意地の悪い質疑を送ろうと(もちろん後でコンスタンティアがしばいておいた)、ふわふわした微笑でまったりした返答を返す。

 とても、とても気の良い温和な娘である。字面だけ追えば。

 間違っていない。間違っていないがしかし。

 ————つまり、彼女は、頭にお花畑が壮大かつ無限に広がった娘なのである。

 滞在期間はたったの三ヶ月だ。その間に彼女はコンスタンティアの息子、第一王子の、第一王位継承権保持者……ええい、まどろっこしい、レイモンド・チャールズ・アリントン略してレイの気をたっぷりがっつり惹かなければならないのである。華やか穏やか清楚に微笑むのは、もちろん悪い技ではないが彼女のあれは素である上に何らかの手を打とうとする様子もない。ただただのほほんと、異国の城の生活を楽しんでいるだけなのだった。

 さらに、だ。

 さらに、王のパシリ……ではなく補佐としてこき使われているせいで、レイモンドは彼女に一目も会えない日すらある。全体的に王のせいだが、仕事を言い訳にする男は最低である。レイもレイだ、と憤り、シャルロットを心配するコンスタンティアだったが、当の彼女は至って気にした様子もなく、相も変わらず花が咲き乱れて飛びまくっているふわふわした笑顔で、「そうですか、仕方ありませんねぇ。それでは王妃様、わたしと午後のお茶をご一緒してはいただけませんか」などと言ってくる始末。しかも、がっくりと肩を落として額を覆う王妃を、何故か気遣わしげに慰めてきたりする。お手上げである。

 とりあえずサロンに連れて行ったり夜会に行かせたり午後の茶会を開かせたりと、色々に気を揉むコンスタンティアは、今、とても、いいや正確にはさらに困っていた。

 シャルロット・アドリアン・マルブランシュは再三言うが気の良い穏やかな娘である。

 しかし、仮にも彼女は第一王子の婚約者であり、並みいるレイモンドの寵愛を掴もうと競うクラッグランドの令嬢達の興味の対象、というか嫉妬の対象である。さらにはレイモンドの気を惹けなかったら、その看板は無惨に引き下ろされることもあるわけで。


「……王妃様、どうしましょう、大変です。わたしの部屋にムカデさんとトカゲさんとクモさんがたくさんいらっしゃっているのです。さすがにお茶の準備が間に合いませんわ」


 心底困った顔で、ナナメに突っ走り過ぎた発言をかます未来の義娘(潰えそうな儚い希望だが)に、コンスタンティアは「とりあえず衛兵を呼ぶからわたくしの部屋にいらっしゃい」とだけ返すのが精一杯であった。

 

 

 

 

 

 

 

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