「面白い、ですか」
「はい」
シャルロットは心の底から頷いた。……奇妙な空気が流れた気がする。エレンがちょっと泣きそうになったのを視界の端で捉えて、シャルロットは何か間違えただろうかとほんの少しひやりとした。
「女性を弄んできた私に、そのようなことをおっしゃるか」
「でも、傷つけないできたのですわね」
「何故そう思われるのです?」
「おかしな噂は聞きませんもの」
「それは王妃様が貴女をお守り下さっているからですよ、コーラルフェリアの姫君」
「ええ。王妃様にはとてもお世話になっておりますわ。でもその王妃様もジュリアン様をお厭いなさらなかったではありませんか」
「……詭弁ですね。どちらにしろ貴女は私のことなど欠片程度しか知らない。お見抜きなさったことには見事としか言い様がありませんが、私がお嬢さん方に真実優しくしたことはありません」
「あら、でも、助けてくださったわ」
「貴女が客人だからですよ」
「まあ、それは勘違いではないかしら」
すらすら反論するシャルロットに苛立ち始めたらしい、ジュリアンは少し乱暴に言い捨てた。だがシャルロットはあくまでのほほんと首を傾げる。普通の、それも貴族の少女だったら言いよどんでいたかもしれないが、シャルロットにとって怖いことは他にあるので、特にやめる気はおきなかった。にこにこと続ける。
「きっとジュリアン様はわたしがこの国の、それもちょっといけすかない貴族の娘でも、助けてくださったのではありませんか」
「私はそんなに善人ではありませんよ、申し訳ありませんがね」
「善人でなくとも、反射というものはありますわ」
「————何故、そのように私を信用なさる」
警戒も嫌悪も失望すらあらわに彼は問うた。
(信用、というか、なんとなくそう思うだけなのだけど……きっと、そんな答えじゃ駄目よね)
ううん、と顎に手を当ててまで、彼女は悩み込んだ。ジュリアンはじっと返答を待っている。やがて、シャルロットはぽんと手を叩き合わせた。破顔する。
「わたし、基本的に、嫌いではない方は、好意的に見てしまいますの」
「…………はあ?」
ジュリアンは秀麗な顔を意味が分からないとばかりに歪めた。道理だったが、シャルロットはひとりだけ納得しているので通じていない。
「だからジュリアン様も良い人だと勝手に思っているんです」
「……押し付けがましいですよ?」
「だいたいの人間観というものは押し付けがましいものですわ」
「……本当に意味が分からない人ですね」
「別にジュリアン様が良い人でなくとも構わないのです。それとは抜きにジュリアン様のお言葉は歌劇のようで美しくいらっしゃるもの」
「……口説き文句をそのように評価されたのは初めてですよ。本当に、」
ため息をついて何事か言いかけた彼はふと口を押さえた。どこか不快そうになる。しかしすぐに振り切るよう首を振って、諦めの笑みを浮かべた。くしゃ、と黄金の髪をかきあげる。常の彼と打って変わって、野性的でより毒っぽい表情だった。
「——本当に、頭に花が咲いているような、馬鹿なひとだ」
「ジュ、ジュリアン様?!」
笑顔での罵倒にシャルロットではなくエレンがぎょっと腰を浮かせた。蒼白な顔でシャルロットとジュリアンの方を交互に髪の毛を振り回してまで見るので、動揺のほどが分かる。が、サラッと詰られたシャルロットはほわほわ笑っているだけだった。
「咲いていたら可愛いのですけど、残念なことに何もありませんの」
「そういう意味で言ったのでは、」
「わあああっ、あ、あの、シャルロット様、紅茶が冷えてしまいましたわ。わ、私、おかわりをお願いしてきます……っ!」
「え? それならベルがあるから、」
「ジュリアン様! 付き添いお願い致します!」
綺麗な声で目一杯喚いて、エレンはジュリアンの腕を引っぱり逃げるように部屋から飛び出した。
シャルロットはぽかんと出ていく二人を見つめ、
「……エレン様、そんなに紅茶をお飲みになりたかったのかしら」
的外れなことを呟いた。