幸せな結末は最後のページ

 

 

 

  

 

 

 明日、隣国の姫は無事帰ることになった。

 あの舞踏会の夜は色々色々色々あった、とクラッグランド王妃コンスタンティアは凝り固まった眉間を揉みほぐす。あの日、樽腹を揺すって馬鹿笑いするいわゆる彼女が最も嫌いな類の元ラムズフィールド侯爵を冷ややかに摘発する息子とその友人を呆れた風情で眺めた後、彼女がまずやったのは夫の頭をぶん殴ることだった。まったく、未来の娘がさように大変なことになっていたというのに、少しも関与出来なかった己も苛立たしいわ、知っていたくせにぎりぎりまで何もしなかった夫が恨めしいわ憎いわで、今思い出しても腹が立つ。まあ上の息子が男気を出したのは良かったことだが。下の方もほどほどに頑張ったようだし、それについては何となく釈然としないながらも良かったと言えよう。

 あれから少し、レイモンドの仕事量が減った。ご褒美のようなものなのだろう。おかげで仲睦まじく過ごす二人をよく見るようになった。先日などまるで幼い時分のように名を呼び合っていたところを見て、コンスタンティアは心の底から微笑ましい気分になったものだ。ああ本当に、平和とはなんて良いものだろうか。

「……コンスタンティア、何を書いているのだ?」

 ふいに隣でくつろいでいた夫が怪訝そうに覗き込んできた。コンスタンティアは慌てることなくぱぱっと書き物を隠す。ちっ、と舌打ちしたいのこらえて、何かご用ですか、と聞きやると、彼はちょっと傷ついたような顔になった。

「たまには私に構っても良いだろうが」

「何子供みたいなこと仰っているんです? 鬱陶しい」

「最近ちょっと冷たいぞ」

「世間の言う倦怠期というものではありませんか」

「恐ろしいことを言うな」

 まったく、いつまでたっても煩い夫だ。

 コンスタンティアはため息をついた。立ち上がり、仕方なく向き合ってやる。

「それで、あの子達は最後の日をどう過ごしているんです?」

「ああ、薔薇園にいくとか言っていたな。何でも花の飾りを作るとかどうとか。まったく無垢な子供のようだ」

「コーラルフェリアの王陛下からいただいた新しい玩具で嬉々として遊んでいるあなたに言われたくないでしょう」

「ぐぬ」

 潰れた声が聞こえた。

 ふてくされたような、だがばつが悪そうにも見える顔になった王を見て、少しばかり溜飲が下がった王妃は、ここにきてはじめてくすりと微笑んだ。そうして夫が寝そべる長椅子にゆっくりと座り込む。

「あの二人は、」

 ふと思い出したようにチャールズが呟く。

「あの二人は、もう大丈夫だろう」

 笑みを含んだ声だった。コンスタンティアはその言葉に呆れて苦笑する。それは、妻を喜ばす為に使う言葉じゃあないでしょうに。

 まったく仕方ないですね。

 囁くように言って、顔を近づける。すいと節くれ立った手がコンスタンティアの顎を掴んだ。そのまま深く口付けられる。そうして王は無表情になって妻を抱きしめた。ああこの顔は照れている顔だ、とすぐに理解出来るほど分かりやすいのが可笑しくて、王妃は声をたてて笑う。

 ふわりと薔薇の匂いが舞い込んだ。今頃可愛い子供達は最後の逢瀬を楽しんでいることだろう。どうせすぐに再会出来るに決まっているのに。

 こみあげてくる微笑ましさに、コンスタンティア王妃は大層機嫌を良くしながら、ラズベリーと見紛う真紅の髪を背へと払った。

 

 

 

  

 

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