彼の苛烈な恋人
ふかく、くちづける。くちびるの端から味わうように吸いついて、耳の裏に手を入れて引き寄せ、息が上がったせいでより甘いくちびるを貪った。 「ふ、……んぅ……」 洩れた声は決して官能的ではない。けれども何より宗弥の頭を駄目にする。離せ、というようにちいさく非力な手が彼の胸板を叩いたが、そもそも慢性的に彼女をいじめたくて仕方ない宗弥は、むしろ煽られてさらにくちづけを深くする。 「っあ、ま——や、め……、ふぁ」 濡れた赤い下唇を食んでやると、びくりと震えた彼女が強く宗弥を押した。きっ、と睨まれる。瞬く間に黒瞳に涙が溜まっていた。怒っている。 怒ったときの侑芽は、必ず真っすぐに宗弥を見る。宗弥だけを。この頃では躊躇なく泣く彼女は、そうやって泣きながら怒るときが、いちばん、うつくしかった。あまりにも苛烈で。全身で宗弥に抗議する。その、激しい感情に彩られた侑芽の顔がたまらなく好きだった。 「きらい」 ——けれども、これを叩き付けられるたびに心臓が凍りつく。幾度か繰り返された言葉だったが、それでも、宗弥は毎回死にそうになる。勝手に口が動いてごめんと許しを乞い、離れた彼女の身体を再び抱き寄せてもうその恐ろしい言葉が出てこないようちいさなくちびるを塞ぐ。今度は慎重に、やわらかに。 そうすると侑芽は仏頂面で宗弥を睨む。馬鹿だな、と彼は笑う。嗤う。そのまなざしが、より、彼を喜ばせるのだと、彼女は知らない。彼だけを見る、強い双眸。 「侑芽、嫌いなの」 「きらい、」 再び、彼女は半ば宗弥を殺す。けれども、彼女の機嫌は大分戻っていた。だから。 「でも、すき」 だから、こんな爆弾だって落としてくれるのだ。涙で濡れて潤んだようにも見える苛烈な眼差しが少し和らぎ、ちいさなゆびが宗弥の服を掴む。こう言われると、宗弥は数秒、身動きが取れない。ああ。 とほうもないこの幸福な感情で、彼はいつだって息の仕方を簡単に忘れてしまう。侑芽のやわらかい頬が寄せられる。はじめて、すきだと言われたときも、——はじめて名前を呼ばれただけの時だって、彼は何も考えられなくなった。頭が真っ白になる。今でもそうだ。彼女が宗弥の名前を繰り返す。それだけで震えが走る。 「ゆめ、」 白いゆびすべてに自分のそれを絡めて、引っぱり、もう一度、キスをする。雪のように、淡く。喉の奥からことばがこぼれおちる。宗弥はわらった。 「好きだよ」 みるみる頬を赤く染め上げた恋人はきっと気付かない。彼女といるだけで、宗弥の心臓が、いつも倍速で鼓動を打っていることなんて。
どれだけ、宗弥が侑芽に狂っているかなんて。
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