陶器のように硬質で、天上におわす神々の怒りを買うほど整った顔がこちらを向くことはない。淡々としずやかな、冷えきった眼差しを、ただじっと彼女が討つべき相手の座す方へ注いでいる。一人が息をするには広大過ぎる、宝石のような石が敷き詰められた空間はがらんとしていて、彼女の正面に祭壇がひとつあるきりだ。精緻な意匠を彫り込まれたその祭壇にはうっすらと青白い炎が灯されている。そのあたりだけ、天上が半円になっており、祭壇の頂点、そのただ一点のみから漏れいでる光が、より室内を厳かに演出する。当然、真正面に座る彼女までも。
 ーーーー王を殺す娘。
 偉大なる五神の一柱の血を受け継ぎ、その加護をも同時に受け継ぐ王を唯一、王族以外で殺すことのできる娘。あまねく精霊の寵愛を受け、世界にすら愛された女。この国では生まれるはずのない、黄金に緑柱石を混ぜたかの如き希有な右眼。元来、神々に選ばれた贄にのみ現れる血の色の左眼。対照的に、何の変哲もない、花の密の色をした色素の薄い髪は、その両眼を隠しきれていなかった。異質さをこれでもかとばかりに兼ねそろえた彼女はしかし、そんなことにはまったく頓着しないらしかった。
 こんな小娘が、王を殺すのだと言う。堕落の限りを尽くし、悪政しか知らぬ王を殺す「救世主」なのだと言う。馬鹿らしくてならなかった。本当に? この、まるで美しい監獄のような空間で、ぴくりとも動かぬ女に、そんな力があると言うのか? 失敗すれば後はない。いや、彼女が一人死んでまた元通りになるばかりやもしれぬ。何にしろ、彼女を担ぎだしたほとんどの人間は安全圏にいるのだ。わずかばかりの熱心な革命論者と悪政下で残飯を食らうような目に合ってきた役人達や、極端に血気盛んな正義感の強い愚か者達とーーーー娘の保護という名目の監視を命じられた、自分以外は。
「……何か」
 不意に、娘が喋った。彼女が僅かにこちらを向いたおかげで、奇妙な色味の右眼だけでなく、もう一方の紅眼までが視界に映った。風ひとつ感じさせぬ静か過ぎる動きだった。長く持て余してきた感情を隠すこともなくぶつけ、要らぬほどきつく睨み続けるこちらの視線に思うところがないわけではないらしい。なるほど、一応人間ではあるようだ。過度な視線にはさすがに反応する、と。
 彼は微かに唇を引き上げ、
「気味が悪いと思っていただけだ」
 吐き捨てた。
 娘は特に表情を変えるでもなく、そう、と呟いた。
「なら、見なければいい」
 そう続け、すぐにまた向き直る。もう磨き抜かれた石像のように沈黙し、身じろぎもしない。舌打ちしたい気分になった。異形が、と心の中で蔑む。この娘はずっとそうだ。少なくとも、彼が今まで見た限り、ずっと。誰に何を言われようが、どれひとつとして彼女の裡に何らかの効果を与えることはない。すべてが無意味なのだ。だというのに、なぜこの女はこのような損でしかない役目を引き受けたのか。理解できなかった。言われるままに王の生み出す怪物を殺し、請われるままに力を見せ、命じられるがままにこの名ばかりの「聖堂」に押し込められる。果ては王を殺すと言う。こんな小娘が、一人。
 馬鹿らしい話だ。彼はこれっぽっちも彼女を救世主だとは思わなかった。両眼に異常を有する、人の姿の怪物。それで充分だった。おそらく初めて彼女を見た時から、自分はこの女が嫌いだったのだ。大勢に囲まれ、今と同じ無表情で、あの枯れ木みたいに細い腕を動かし、的の中央を焼き尽くす姿を見た時から。どうでもいいかのように何もあらがわないこの娘が。
 首をひっつかみ、くびりころしたくなるほどに。
 そうでなければ何だと言う。彼の血気盛んな友人に比べればはるかに寛容で忍耐強い自分が、彼女の監視について以来毎日苛立っている。この世あらざる右眼。こちらを向かぬ左眼。揺るぐことなど欠片も考えつかぬほど直ぐに祭壇を見つめるその眼差しが、決してこちらを向きはしないことに対するこの感情を、憎しみでないはずがない。そうでないなら。そうでないなら、いっそ両眼を潰してやりたくなるほど苛烈なこの感情を、何と呼ぶ。

(何と呼ぶと、言うのだ)












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