青空ビニール

 

 

 

 

 

 

 何だかんだ言って、颯太は雨が嫌いじゃなかったりする。

 

 


 ぴちょん、ぴちょんとビニール傘の骨組みから滴り落ちる雨粒の隙間から、そうっと隣を歩く七緒を窺う。むっつりと、だけどちょっと見た程度では分からないような、しかめっ面。ほんのりと桜色の唇が曲がっている。……不機嫌そう、ってよりも複雑そう、かなぁ。そんな風に当たりをつける。くるんと無意識に回された傘の内側で、本日の彼女はちょっぴり落ち込んでいるようだった。……無言のままの七緒に、颯太はちょっぴり落ち着かなくなってきた。や、七緒はいつも無口だけど! それが、笑ったりすると、もうめちゃくちゃ可愛いんだけど! も、ね、天使!

 ……じゃなくて。

 どうしよう、と颯太は眉尻を落とした。本、借りられなかったのかなぁ、とか。藤本と喧嘩でもしたのかなぁ、とか。そういうつまんないことしか思いつかなくて、でも多分きっと颯太なんかじゃ想像もつかないくらいのことがあったんだなぁ、とかそういうことだけは分かって。ああ、うん、だから。だから余計にはらはらして、余計に落ち着かなくなる。七緒の白い頬が、ざあざあと降り続ける雨のせいで、少しずつ冷たさを増していく空気のせいで、いつもよりずっと青白く見える。七緒。俺の、ちっちゃな彼女。赤に白の水玉模様の傘が、ちょっと困るくらいに似合っている。休み時間は大抵本を読んでいて、なかなか颯太の相手なんてしてくれない。でもときどき一緒にお弁当とか食べてくれる。それから、ときどき、ほんのときどき。口数が珍しく多くなって、和らいだ目尻が甘くなる。颯太は七緒のそういう顔が好きだ。いつものぼんやりと眠たそうな顔も、颯太のばかばかしい話を呆れもしないでずぅっと聞いてくれる時の顔も、ちょっと吃驚した顔も、なんだって颯太には心臓に悪いってぐらい好きなのだけど、だけど七緒が自分からきらきらと喋ってくれることは本当に少ないから、そのとっときの表情を見てしまうと、それがすごくいいんだなぁとか思う。唇が柔らかく笑みを刻んで、晴れの日の青空みたいにひかりを含む。見たいなぁ。ぼんやりと颯太は思った。わらった顔、見たいなぁ。

 わらって、ほしいなぁ。

「七緒!」

 たまらなくなって、颯太はぎゅっと握った七緒の手ごと、ぶんと振り上げた。ぱちぱちと七緒がひどく緩慢に瞬きする。なに、と言うようにことりと首が傾げられた。その仕草に、心臓のあたりがきゅうっとなる。ああ、もう、可愛いなぁ。ねぇ、七緒。

 俺、今、すんごいしあわせなんだけどなぁ。

「……颯太?」

 七緒のものと違って、安っぽいコンビニのビニール傘はよくよく辺りが見渡せる。ざあざあ降りの雨の道。街路樹もしゅんと猫背になる。こころぼそげに雨風しのぐ猫が鳴く。くるん、と傘の柄を回すと、予想以上に派手派手しく雨粒が飛んだ。きらきらする。ざあざあ降りの雨の中、しずくのかけらがきらりと透明に光ってみせた。葉っぱから落ちる朝露みたいに涼やかに。颯太はそれで萎んだ気持ちが急上昇して、ぱっと傘を翻しやると向日葵みたいに空を仰いだ。

「七緒、だいじょーぶ! うまくいかなくたってさ、雨ざあざあ降っててもさ、俺、七緒がいれば超しあわせだもん。嫌なこととか、ぜんぶ吹っ飛ぶから。な、二人でいりゃだいじょうぶ!」

 な、ぜったい。ぜったいだ!

 に、と三日月に口を引いて満面で笑う。

 七緒はきょとんと僅かに唇を半開き、目を丸くする。ぱち、ぱち。瞬く睫毛。伏せてはひらくきれいな瞼。

「……そーた」

 ふいに、こどもみたいな声で、七緒は呟いた。うん? と思いっきり首を傾けた颯太に向かって、彼女はふにゃりと笑み崩れる。

「そーた、ばかだねぇ」

 ちょっと眉を寄せて、とろけるみたいに目を細めて、彼女は吃驚するくらい柔らかに微笑んだ。雨上がりみたいなその笑顔になんだかくるしいくらいにあまいものが沁み入ってくる。じわじわと腹の底から胸のあたり、それから頬までせり上がる。たった今何か納得いかない感じに酷いことを言われたような気もするけれど、そんなことどうでもよくなるくらいに幸福になる。ぎゅうう、と颯太は七緒の手をもっと強く握りしめた。そうするととてもちいさく、だけど確かに返った力も強くなる。うわあ、と颯太は心の中で歓声を上げた。キセキみたいだ。なんて珍しいことだろう、七緒がこんな風に握り返してくれることは滅多にない。ああもうほんとに。

「俺、七緒、だいすきだなぁ」

「……颯太」

 しあわせだなぁ。

 花咲くみたいに破顔して、颯太は照れたように下から睨む七緒の水玉模様の傘に、安っぽいビニール傘を重ねあわせた。

 

 



 雨の日の七緒は、ときどき颯太にめちゃくちゃあまい。だから、颯太は七緒の側まで近づける雨の日が、案外嫌いじゃなかったりする。

 

 
 
 
 

 

 

 

 


捧げもの。

 Greeeenの「キセキ」から「0℃の夢」のスイさまがお話なさっていたすてきな元ネタに撃ち抜かれて調子に乗ってぐわーっと書いてしまったある意味完全に版権らしき掌編です。……や、もう、なんだか色々とアレ過ぎて穴があったら本気で埋まりたい感じですが、私にしては名前だけうまくいった、と信じたい!(希望) 野球部で爽やかと言えば颯太、ローテンションの文学少女と言えばちょっぴり古風なお名前。……野球部とか、文学少女とか、その片鱗がさっぱり窺えない感じで、うう、申し訳ないです……。
 もっとこう爽やかにしたかったのですが……無念です。

 元ネタの方が百倍きゅんと出来ますので! ぜひ! →こちら

 

 

 


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