2.
 

僕らやすらぎに身を任せ

 

 

 

  翌日、目醒めるとすぐさま村役場のトンクじいさんに呼ばれた。彼は今日はいっとう急いで紡ぎを終えてくれ、と頼んできて、何だかよく分からないまま、なるべく急いだ。なるべくだが。
 中央や他の地区では違うかもしれないが、この小さな村で紡ぎの務めは無償だ。昔から、そういう風になっている。
 だからか、終わると大抵、ミルクと果汁を合わせた飲み物などを貰う。ときどきはとかした生姜湯を砂糖やら何やらで煮詰めて冷やしたものなんかも、出てきたりする。役場の人達の気分で変わる。
 今日は甘い果実水だった。一息つきながら、首を捻る。何だか今日は、みんなして慌ただしいというか、落ち着きのない雰囲気だ。何かあるのだろうか。
 玄関先すぐの長椅子に座っていた彼は、ふと見慣れない黒い衣装の男達を見つけた。男だけではない、女も数人歩いている。どのものも一様にこの暢気な村に不似合いな、硬い空気を纏っていた。
 ……これが、慌ただしさの原因なのだろうか。
 果実水を飲み干し、器を返して、ラギはそそくさと役場から抜け出した。何だか妙に、居心地が悪かった。これが大人の空気というやつなのか。
 肩が重い。
 
 
 
 
 
 
 
 どん、と誰かとぶつかった。表通り、と言ってもまあまあ許されるんじゃないかという程度の、民家と店に挟まれた通り。の、角で。
「いっつつ……すみませ、」
「ラギ!」
 ラギはきょとんと相手を見た。なんとびっくり、サリエだ。何だか恐ろしい形相で睨まれる。ラギはちょっと仰け反った。
「え、なに……どうし、」
「悪い、任せた!」
「はい? って、ちょっと?!」
 嵐のように何かを任せ、突風のようにサリエは走り去っていく。ぽかんとその後ろ姿を見送っていると、背後から怒声が響いた。びくっ、と飛び上がる。
「サリエ! 待て!」
 ぐわしっと首根っこを掴まれ、剛力でむりやり振り向かせられる。一瞬足が浮いた。——と思ったらそのまま振り上げられる。ラギは悲鳴を上げた。い、痛い!
「え、な、……え? ドラードさん?」
「……ん? おまえ、ラギ?」
 いかめしい顔の男は、ラギの顔を確認して、気が逸れたらしく手を離した。弾みでぼとっと地面に落ちる。なんだろうこの踏んだり蹴ったり。
「くそ! ラギ、サリエはどっちに行った!」
「へ? あ、えーと、あっち……?」
「何で疑問系なんだ!」
「いやだってドラードさんに捕まってたんで、ちょっとよく分かんなくて」
 うぐ、と地主の二番目の息子は詰まったようだった。すまん、とぼそぼそ謝られる。いや、良いんですけど、と手を振りながら、ラギは首を傾げた。
「なんかあったんですか」
「……国のお偉い方がきたんだ。正確には、その使者が、な」
 はあ、と相槌を打つ。お偉い? 聞いて頭に浮かんだのは、先程離れたばかりの役場にきていた見知らぬ人々。あんな物騒な感じの人達がお偉いさんなのか。なんだか嫌だなぁ、とラギはこっそりげんなりした。
「それがどうかしたんですか」
「……もうちょっと反応しろよ。その内容が、千糸の視察なんだ」
「え」
 今度こそ、ラギはドラードの望む明らかな反応を返した。目を剥く。
 千糸の視察?
 それは、つまり、ハルラを観にきたということだ。まるで見世物のように。
 不快感が瞬く間に滲み出す。顔をしかめそうになったのを、なんとか堪えた。
「……けど、それでどうしてサリエを追って……というか、サリエが飛び出したんですか。何か、もっと嫌なころでも、」
 先程の様子では、今にもその『お偉いさん』に噛み付きそうとしか思えない。ハルラが見世物にされる、というだけで確かに業腹だが、普段のサリエならなんとか我慢する筈だ。万が一にもハルラの立場が悪くならないように。そうして、防ぐにしてもきっともっと上手く立ち回るだろう。
 ラギが聞くと、ドラードは少し困った顔になった。
「いや、俺にもよく分からんが……あのざまではな。止めないとまずいだろう」
「まあ……そう、ですね」
 確かにぱっと見ただけでもかなりまずい様子だった。
 二人のやりとりに、店を開け出していた男が、不思議そうにしている。怒声や騒ぎが一通り聞こえなくなったから出てきたのだろう、周囲にちらほらと人が家から出てきたり、こちらを覗いていたりした。
「……えーと、とりあえず、向こういきましょう」
「あ、ああ」
 なんだかまた気まずくなったので、ラギはドラードを引っ張って通りから抜け出した。
 

 
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