牡丹の花のような雪が降っている。
 しんしんと息をも白く染めていくものだから、彼はひっそり肩を震わせ、あたたかな綿入り毛布を引き寄せた。紺地の半纏の袖をむやみに伸ばしみる。しかし寒さはさほど防がれることなく、彼の鼻はすでに真っ赤になっていた。はあ、と溜息を吐く。さむいなあ。なんとはなしにこぼすと、膝の上に乗っていた頭がもぞりと動き、かと思いきや細い腕が毛布の中よりついと出でた。おや、お目覚めか。そろそろと伸びた腕は、その真っ白な手も伸ばして、彼の頬に触れた。ひんやりとした指がぎこちなく撫でてくる。つめたい。とても冷たい。彼は無表情のまま、固まった。やがて螢、と呼びかける。うん。眠そうな返事。螢、あのね、とても冷たいんだけど。玉簾の向こうでこぼれる雪は音もなく、ほとほとと山なりに地に溜まっていくさまがうつくしい。けれども、と彼はおのれの膝で丸まる少女の姿に思う。けれども、雪よりも、このいかにもか弱げで力のなさそうな女の、なんと誘惑深いことだろうか。罪だねえ、きみは。僅かにふてくされた声を出してみれば、彼女はきれいな線の描く眉をむっと寄せた。見目ばかり麗しく中身はてんで幼子のままなのだから、まったく困ったものである。
「さむいというから、温めてあげたのに。そこまで言うの?」
「きみの罪深さは別件だけどね、あのね、ぜんぜん温まってなかったよ」
「ずっと擦り合わせていれば、きっと上手くいったわよ」
 ずいぶんと不満げにくちびるを尖らせる。雪よりも白い膚、冷えてなお赤いくちびる。寒いというくせに、薄着のまま。未だ彼の頬を押さえるてのひらが、ふるふると微かに震えているのに気づいて、呆れ返る。障子を開け放ってまで、年明けの雪を見たいと言ったのは彼女だ。体の強くないというのに、無茶を言う、と渋い顔をした彼はけっきょく説き伏せられ、こうして空気も凍てつく中、火鉢ひとつで雪見の供をしていたのだが。
「螢、だいぶ冷えてしまっているよ。もう止め時じゃないかい」
「へいき、へいきよ。それより、ちゃんと雪を見て。今日のはほんとに、とってもきれい」
 この世にもう、何もないみたいね。
 ひどくよわい声でやさしく囁く。そのまなざしが、ほほえみが、今にも彼女の力のあふれるさまによく似ていたから、彼はほんの少しぞっとした。頬の上の彼女の手に、おのれのものを重ねる。すると、天帝にいっとう愛された娘は花ひらくように唇をほころばせた。うふふ、と腹立たしい笑みがそのくちから溢れた。
「約束だから、今日は、力を使ったりしないわ」
「当然だよ、まったく。ただでさえ非力なんだからねえ」
「失礼なひとねえ」
 ねえ、と彼女は面白そうに男を見上げる。
「どう? 温かくなってきた?」
 彼はむっつりと押し黙る。そんなことあるものか。しばしの時をおいて、彼は仕方なさそうに背を屈め、衣の袖を少女の顔にかぶせた。
「ぜんぜんなってないよ。それなら、もっとくっつかなくっちゃねえ」
 そういって、彼はちょっぴり意地悪く笑ってみせた。宣言通り、ぎゅうと抱きくるめてみせる。ちいさくやわく、ぽっきり折れてしまいそうな少女の体も、こうやって抱きしめていれば確かに温かくもある。何か納得のいかなさげな呻き声があがったけれど、それもだんだんと雪に呑まれ、ただ負けたような吐息がそっと吐き出された。それは寒さを吹き飛ばす程度には甘やかに、彼の胸の奥の奥まで沁み渡っていったのだった。












 謹賀新年! あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願いいたします。  皆様にとって良い一年となりますように!!



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