05. 恋人たちはてのひらで踊る


 三人と猫たちが降り立ったのは、アダーシェク家の門前だった。あれ? という顔でルカーシュが魔法使いを見上げる。構わずざくざく進むと、何事か言い争う男女が見えてきた。アメリアと、彼女の父親である。
「……アメリアの方が男気があるようですね」
 呟いて、ノア・ロアは彼らに近付いた。会話が聞こえてくる。
「お父様! お願いします、わたくし、婚約破棄なんて望んでおりません!」
「いいかげんにしなさい! おまえの為だと言っているだろう!」
「いったいどこがわたくしの為なのですか!? わたくしを見てください、お父様。この顔のどこが歓びむせんでいると!?」
「今は分からないかもしれないが、いつかは――――」
 くだらない、とノア・ロアは吐き捨てた。
「三文芝居ですね」
 二人は魔法使い一行には気付かない。と、ルカーシュがローリーとノア・ロアの横を駆け抜けていった。
 するとアメリアの父親の手が娘の頬を狙った。ぎゅっと彼女は目を瞑ったが、頬を打つ音は、違うところから届いた。
 彼女を庇ったルカーシュの頬から。
「……ルカーシュ?」
 子供みたいな声で、アメリアがぽつりと恋人の名を呼んだ。彼は安心させるようにアメリアに微笑んでみせてから、ドレスデン卿の方に向き直った。
「ドレスデン卿、僕からもお願いします。婚約はこのまま、継続させてください。僕は、あなたのご息女を愛しています」
 ご息女殿が息を止めた。え、と遅れて呟く。ルカーシュは構わない。魔法使いは冷めた目で、じっと成行きを見つめている。ローリーはどことなく楽しげだ。
「どうかお願いします。僕は彼女しか愛さないし、愛せない。一生彼女だけを想い、彼女を大切にします。アメリアだけなんです。ドレスデン卿、どうか」
 地べたにぬかづいてルカーシュは願った。アメリアの目から、きっともう今日で枯れ果てただろう涙が、違う意味をもってほろほろと溢れ出る。
「……もういいんじゃないかい」
 こそ、とローリーがノア・ロアに耳打ちした。ふん、とつまらなそうに肩を竦め、ノア・ロアは指を鳴らした。
「まったく、面倒な方々ですよ」
 悪鬼の形相で怒鳴り出そうとしていたドレスデン卿は、その刹那、つい一分前のことをすっかり忘れたような表情で口をぽかんと開けた。そして、不思議そうにルカーシュを見下ろす。
「ルカーシュくん、きみ、何をしているのかね。服が汚れてしまうよ」




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