06. まったく幸福なエピローグ


 数日後、王女から喜びの礼状が届けられた。配達人はやはりツァイス卿である。他に人員はいないのか、と魔法使いはげんなりしながら彼を迎え入れた。
「いやー、とっても喜んでいたよ。大切なお友達が、大切なお友達のおかげで、たいへん素晴らしい結末を迎えたと。もうすぐ結婚式だそうだね。きみ、二人からそれぞれ招待状を貰ったんだって?」
「どうでもいいですが、その言い方ややこしくて意味が分かりませんよ。……あれだけしたというのに、彼らも懲りないことです」
 アメリアとルカーシュの二人は、色んな意味で相思相愛(もとからだったが)になり、真っ先にノア・ロアのところにきた。わざわざ整理券を買って。それから二人とも平謝りと鬱陶しいほどのお礼を言って「我が友よ!」とノア・ロアを抱きしめて帰っていった。あれから、なぜかふたりは悩みもないのにちょくちょくやってくる。ほとんどノロケを聞いている。うざい。
「懲りるわけないだろう。友人なんだから」
「ばかばかしい。あなたもさっさと帰ったらどうです?」
「まあまあまだいいだろう? 今回の件で僕はさらにきみに惚れ直した!」
「気色悪いです帰れ」
 ローリーは機嫌よく笑って、またまた素直じゃないねえ、とからかうように言う。その指が魔法使いの黒いフードをふわりと外した。
「きみ、あの時泣いていたじゃないか。本当は、哀しかったんだろう。きみ、じつは泣き虫だからな」
 鳶色の、縦にくるくるとうねる巻き毛がさらりと肩から落ちた。琥珀の瞳はよくよく見れば、少し潤んでいることが分かる。ローリーは満足そうに彼女の顔をとっくりと観察した。
「……いつの話ですか。フードを外すのはやめていただきたいんですがね」
「きみ、せっかくそんな美人なのに、なんでいつも陰気なフード姿なんだい。おかげできみが女だって知っているのは、僕と王女くらいのものだろう」
「あなたにも知られたくなかったんですがね」
「きみが嫌がるからちゃんと黙っているんじゃないか」
「あなたが馬鹿正直で、そこだけは助かっていますよ」
 それだけ心の底から言うと、ローリーは妙に嬉しそうになった。ふうん、とにやにやする。
「でも、なんだって嫌がるんだい。女で何の問題があるんだ」
「……舐められるじゃないですか。まあ、隠しているわけではないんですが……勝手に勘違いしているのを、わざわざ訂正する必要もないでしょう」
「変な人だね」
「あなたの髪型の方が変です。何でそこだけそんなに長くしているんですか」
「願掛け」
 目に鮮やか青い髪の、右耳のあたりだけ長い部分をいじくりながら、ローリーは悪戯っぽく囁いた。
 ノア・ロアはきょとんとした。願掛け? 意外にしっかりした理由だ。キーアが不快そうにみゃーあと鳴いた。
「いったい、どういう願いです?」
「それを言ったら願掛けじゃないだろう」
「まあ……そうですね」
「気になるかい」
「いえ別に。どちらかというと、あなたがいつ出ていくのかの方が」
「きみの仕事が終わるまで、長居させてもらうよ!」
「今日こそ呪って良いですか」
 殺意をたぎらせるノア・ロアは気づかなかった。ローリー・ベルゼ・フォン・ツァイスが猫たちだけに聞こえる微かな声で、
「――――僕はルカーシュほど甘くはないからね。今はまだ親友の座で我慢するけど、いつか必ずきみを振り向かせてみせるよ」
 そんな恐ろしい企みを口にしていたことなど。







 ノア・ロアは面倒事が大嫌い。
 けれどもそうは言っていられない。
 なぜなら彼女はトルイエ唯一の魔法使いで、それから彼女を慕って幾人もの人間たちが、わらわら話をしにやってくるのだから。




THE END





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