// 01:泡沫は愛しい人を道連れにする

 あのこを奪ってしまえば良かった。
 きっと誰も信じやしないだろう。うつむいて、はにかむように、こころもとなげに、どこかかなしげに、そっと微笑んでくれたあのこを、私が愛していたことなど。私を助けた美しい王女。私の妻になる女。あれほど感謝し、探し当てた女を娶るその傍で、控えめに微笑んだ娘を、
(まさか、殺したいほど愛すとは)
 
 皇子は隣国の美しい姫を手に入れる。大輪の薔薇のようなその姫君は、以前溺れた皇子を助けたことがあるのだという。まるで流行りの恋愛小説のような運命的な出会いに、大いに喜ぶ民は知らない。永遠の誓いを交わす皇子の微笑みが硬く凍り付いていることも。契りを交わすその前日、皇子の最愛の“ひろいもの”が死んだことも。
 行き場の知れぬ劣情と恋情をもてあます、皇子の暗い胸の裡も。

それは、人知れず絶えた、ある実らぬ初恋の、



// 02:解けた魔法と溶けない気持ち

 十二時の魔法が早く解ければ良いと願った。あのひとの視線のさき、うつくしい金の髪のうつくしい蒼の瞳のうつくしく長い睫毛を瞬かせる少女にかけられた恋の魔法。そんなものが本当にあるのかどうかなんて知らないけれど、気紛れな魔法使いが、クッキーひとつで教えてくれた通りなら、きっとあのひとは彼女に落ちる。いいや、違う。あのひとはもう、落ちているだろう。そうしてわたしは知っている。魔法が解けたあとだって、あのひとは彼女に熱を上げたままなのだ。いつか、はじめてわたしと踊ってくださったことなんて、すっかり忘れていらっしゃるのだろう。灰色がかってくすんだわたしの金の髪は、あまりにもあのひとに不釣り合いだ。冴えない金緑の両眼も、引っ込み思案で優柔不断なわたし自身も、なにもかも。
(分かって、いるのに。それでもわたしはあなたが、)

 十二時の鐘が鳴り響く。うつくしい娘はふわりと微笑み、一礼して一目散に会場を抜け出した。硝子の靴を必死に動かす代わりに、ひらりと薔薇の髪飾りが城の階段に落ちていく。王子は驚いて彼女を追いかけるが、娘の足は思いのほか早く、彼女は木の上で林檎をかじる魔法使いの名を呼んだ。ゆるりと瞬いた魔法使いは、一度だけ城の方へと眼を向ける。その視線に先にはひとりの冴えない娘がいる。人の輪から抜けてぼんやりとバルコニーから庭を見つめるひとりの娘が。
 さて、正気に戻った王子がはじめに心に想うのは。

紛い物の恋と、沁みるようにあふれる真実と、



// 03:恋と言う解毒剤で私を助けて

 うつくしくなんかないし、やさしくなんかない。あたしはお義母様が大嫌い。お義母様もあたしのことが大嫌い。お父様はそんなこと知りもしないし興味もない。寄ってくるのもあたしを欲しがるのもいやらしい眼の男ばかり。みぃんなみんな、だいっきらい。だけど、一番嫌いなのは嘘で塗り固めたあたしの顔だ。でも仕方ない。お義母様はあたしのことが大嫌い。いつも殺したいって思ってる。あたしはお義母様をこれ以上怒らせちゃいけない。お義母様は、あたしがどうあったって、あたしのことを、これっぽっちも好きにはならない。
(だれか、あたしを全部暴いてよ。もう取り返しのつかないくらい、ぶちのめして)

 ある日、薔薇の花弁のような唇と新雪のように真白の肌のつやめく夜の色の髪をした、お国自慢の王女の療養地に、隣国の王子がやってきた。うつくしく微笑む彼女に向かって、さらに嫣然と傲慢に笑った王子は仰った。
「ああ、君の生き顔って最低だね。醜いったらありゃしないよ」
 
待っていたのです、王子様。どうかわたくしにすべての終わりを、



// 04:キスで目覚めたのはあなたへの恋心

 百年の昔から、あなたの顔だけを記憶に抱いて眠り続けているのです。
 覚えていらっしゃいますでしょうか。薔薇の茂みに隠れたわたくしを見つけたあなたは傷だらけで、だというのにとっても自慢げに笑っていらっしゃるのですもの。あの日、わたくしは、あの幼く幸せでありました日に、あなたに恋に落ちたのです。
(どうか、わたくしを目覚めさせるのが、あなた唯一人でありますように)

 それは遥か昔、未だ羊が空を飛び、姫君が透明な翼を手折られたばかりの頃のはなし。百年の時を経て、再び生を享けたその男は、生まれた時から持ち続ける恋情のまま、愛しい女を探しに出掛けた。漸う辿り着いたその場所は、茨の森に覆われた、古き城のうちにある、俗世と隔絶された塔。
 そこには百年の昔から、翼を手折られ眠り続ける女がいる。

あなたでないなら目覚めのキスはいらないの



// 05:兎を追いかけたらあなたに出会えた

 喋るうさぎをはじめて見た。だけどわたしが驚いたのは、そのうさぎの持つ時計にとても見覚えがあったことの方だった。わたしが昔、あなたにあげたおもちゃの懐中時計。気付けばうさぎを追いかけて、花園のお茶会に行きあった。ぼんやりと古い本をめくるひと。こちらのことなど欠片も興味がないという風に、ただ手許の本だけ見ている。見知らぬ実の成った、背の低く、けれどもふさふさと葉の覆い茂った木の枝に腰掛ける、その姿が懐かしくて。
(ねえ、忘れてしまったの? それでも、わたしはあなたにずっと逢いたかったのよ)

 ぎゅうと少女はうさぎを抱きしめる。かぼそく呟かれた名前に、ゆるやかに瞬いた木の上の少年は、顔を上げて大きく眼を見開いた。遠いむかし、他愛ないばかげた約束ばかりを交わして、無邪気にじゃれあっていた相手を見つけ、途方に暮れる迷子が二匹。うさぎを挟んで向かい合う。泣きそうな少女の俯き顔を予想して、少年はごくりと唾を呑み込んだ。
 かちり。止まっていた時計が何の奇跡か動き出す。

わすれたくない約束だって、山ほどあった

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