ハニーソースつきアップルパイ

 

 


 

 

 

 

「こーた?」

 電柱に寄りかかってつまらなそうに携帯をいじっている幼馴染みを見つけて、鈴子はつい声を上げてしまった。

 黒くて癖のない髪が揺れ、遅れて見慣れた顔があらわになる。片手をポケットに突っ込んでゆらりと彼は振り返った。どうでも良さそうに鈴子を見てくる。鈴子はうっと詰まった。

「……えー、と。なんでこんなとこにいんの?」

「……帰んねぇの?」

「や、帰るけど」

「じゃ、行くぞ」

「……う、ん」

 行くぞ、って一緒に帰るわけ。

 えー、と内心うんざりしたが、素直に後に続く。何しろ我が道を往く幼馴染みは、既に歩き出してしまっていて、さらにここで別れても結局帰る場所はまた同じなのだから。てくてくと歩くうちに、徐々に歩幅が追いついていく。鈴子が足を速めたのではない。彼が少しずつ、ゆっくりと、彼女に合わせてくれただけだ。気付かれていないとでも思っているのか、何食わぬ顔は無愛想。鈴子は眉をひそめた。

(……ば、か、男)

 心の中で、罵る。ちょっとむかついたので、なにげなく長い足を蹴ってやった。幼馴染みはむっとしたように目だけで鈴子の方に向き直る。

「何だよ」

「べつに。光太、自転車は?」

「今日は、ない」

 ふうん、と相槌を打つ。光太はまだ鈴子を見ている。ああ、もう。鈴子は唇をひん曲げた。

 ————だから、言いたいことがあるならさっさと言えっつーの。

 手を伸ばす。伸ばして、裾をまくった男の腕を、引っ掴む。

 引っ張る。

「いっ」

「光太は、なんか言いたいことがあるとき、いっつも、妙に無口だ」

「……おまえがうるさいだけだろ」

 いつのまにか、鈴子の方が前に出ている。車道側は光太。鈴子はこういうところが嫌いだ。自分は光太の妹でも恋人でもない。ばかみたいだ。大事にされても困る。鈴子は光太の庇護の対象に値するような人間ではないのだ。

「だいたい、いっつも一緒になんて帰んないのに。OBって言ってもさ、鳩高の制服でうちの中学の前に立ってたら、目立つでしょ」

 ぶつくさ文句を垂れてやると、光太はまた黙り込み、けれども暫くしてからぼそりと口を開いた。

「……昨日」

「昨日?」

「遊びに行ったろ」

「ああ、うん」

「……馬鹿?」

「…………は?」

 何なんだいきなり。いきなり過ぎて、ぽかんと口を開けてしまう。光太は、もう不機嫌顔を隠しもせずに、鈴子を睨んだ。う。ちょっと怖い。

「男と二人で遊びに行くとか、おまえ何考えてんの」

「……ええ? 何言ってんの? 女の子達も居たに決まってんじゃん。そっちがメインだよ」

「男と帰ってきただろ」

 低い呟きだった。

 ……何それ?

 意外過ぎて沈黙してしまった。

「うええ? まあ、帰り道、近かったし。でもさすがにあたしだってそんなことしないよ」

「————夜になるんなら、俺を呼べばいいから」

「は? やだよ。悪いし」

「悪くないから。おばさん達も心配する」

「しないって。てか、それで何で光太に迷惑かけなきゃいけないの」

「迷惑じゃない」

「わぷ」

 ぐしゃ、と髪の毛をかき混ぜられた。呆れたような眼差し。ぶっきらぼう。むう、と鈴子は顔をしかめた。ぐりぐりと撫でぐりする男の手をそろそろと掴んで、何とか離そうとする。けれども効かない。鈴子と光太じゃ、力の差が有りすぎる。

 ふと、光太の目尻が緩んだ。相変わらずの無愛想ぶりだが、そうと分からないくらい、ほんの少し、柔らかい。仕方ないな、と言うような双眸がそうっと細められる。

「迷惑じゃないから、あんま心配かけんな」

 失礼な話だ。

 いったい、自分のどのあたりが心配をかけたというのだ。昨日帰ったとき、父母はまったくいつも通りだったし、それほど夜遅くの帰宅でもなかったはずだ。だというのにこの男は、わざわざ中学にまでやってきて、鈴子が出てくるのを待ち伏せして、そうしてまでこんな風にじわじわと説教をかますのだから、本当に失礼なことである。

 それでも鈴子がそれ以上文句を言えないのは、結局、そのてのひらとまなざしが、逃しがたいほど温かかったからだろう。

 だけどもこれだけは言っておきたい。

「……あのねぇ。あたし、光太の妹じゃないんだけど」

 光太の父親は忙しく、年がら年中世界中を飛び回っている。母親は母親で、有名な漫画家だから家にはいてもほとんど暇がない。そういうわけで、光太はほとんどの時間を鈴子の家で過ごし、食事まで一緒になる。鈴子の家族はそれをみんな喜んでいるし、それが当たり前のことでもあるのだけど、もし彼女のことを妹だと思っているのだったら、なんとしても、それだけは改めてもらいたいものなのだった。

 ただでさえ、ひとつばかり離れた歳が、無駄な壁を作るのだから。

 光太は少しばかり緩慢に瞬き、てのひらのうちで鈴子の目尻のあたりを意味もなく擦ってきた。微妙に痛い。

「……なに?」

「おまえ、ほんとばか」

「な、」

「俺の妹ならもうちょっと出来がいいだろ」

「そりゃー悪うございましたね!」

「てか、おまえが妹とかありえない」

「あーはいはいはい! すみませんでした!」

 ふんっ、とそっぽを向き、ふてくされた顔になると、ぽんぽんと頭を撫でられる。妹じゃない、などと言っておきながらこの対応。まるで小さな子供にするようだ。まったくもって腹立たしいことこの上ない。ただでさえ離れられないのに、募るばかりの恋情は、結局堂々巡りでなくならない。なのにこの男はそんな鈴子の胸のうちなど構いもせずに、とんでもなく無造作に触れてきたりするのだから酷いったらありゃしない。どうせならさっさと終わらせてしまいたい想いであるのに。

 そうやってむくれる彼女の耳にはだから届かない。

「……妹なんて、無理だっつの」

 微かに熱を孕んだそのぼやきが。

 

 

 


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  (幼馴染み、さりげなく年の差、ふくれっつら女の子、で恋愛)

 

 

 

 

 

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