パンプキンチーズケーキ

 

 


 

 

 

 

 

 ぐりっ、とフーラは一気に中身をくり抜いた。

「ぎゃああああああー!」

 すぐさま叫び声が上がったが無視する。もっと綺麗に余すことなく、と今度は丹念に削っていく。そのたびに「ひぎっ、ぎゃあっ、うわーんオニー!」などと失敬極まりない悲鳴が煩く作業の邪魔をする。というかオニって何だろう。どこぞの魔性だろうか。

 まあ、いいか。

 あっさり流し、がつっ、と歯を下向きにして、銀色の得物をぶっ刺してみる。

「…………!」

 あ、泣いた。

 横目で泣き姿を無感動に眺めてから、フーラは綺麗にくり抜いた南瓜を、溜めておいた水で洗った。清潔な布で周りを拭く。微妙に湿っているその南瓜を目の上あたりまで持っていき、くるくると回して点検。うん、いいかな。ちょこんと立った触覚ならぬ何かが可愛い。三角の目とギザギザ笑顔。我ながらなかなかの美形南瓜だ。

 だと言うのに、まったく。

「いつまでヒトん家の床に寝っ転がってんの。ゴミじゃないんだから」

 ぴくぴくと痙攣しながら滝のように涙を流す明らかな不審者は、しかしぐずぐずと鼻をすするのみである。白いシャツにサスペンダーつきの短いズボン。これ、このズボンが、濃い夕焼けの色。

 というか、南瓜色。

 フーラは大きな溜息をついた。はー、とそれはもう、わざとらしく。情けないその不審者を見下ろす。

「あのさー。それ、暑くないの?」

 不審者は、南瓜を被っていた。

 ぐずっ、ひっぐ、ぐすん、と情けない音がくぐもって聞こえてくる。可愛くパーツ(目、口、鼻)をくり抜かれた南瓜の表面を両手で覆い、懲りずに嘆いている。うざい。

 フーラは南瓜少年の傍に座り込み、つるりと綺麗な表面を突いた。指先に、力を込めて、抉る如く。瞬時に絶叫がほとばしる。

「いっとぁあああ!」

「情けないなあ……」

「お、おま、なん、え?! 何したの今っ?!」

 がばり、と南瓜少年が起き上がる。間近まで迫ったあと、彼は、はっとしたように肩を揺らし、ついであからさまに狼狽えた。おろおろ、という表現がこれほど似合う者も居まい。つい、フーラは鼻で笑ってやりたくなった。

 というこちらの心情に気付いたらしい、彼は三角の目の奥の目をまん丸くさせた。

「フーラ! 今、オレのこと笑ったろ!」

「あはは、いつものことじゃん」

「酷い?!」

 あ、また泣いた。

 どぱー、と流れ始めた滝の涙を、フーラはちょっと嫌そうに見た。また床が汚れる。まったく、とんと人の事情に頓着しないんだからなあ。

 フーラは南瓜頭に手を伸ばし、頬(ごつごつしている)を掴み、

「ジャック」

 一気に南瓜を取り除いた。高く上げ、にっこりと笑う。ぱちくり、と南瓜の内側の少年が瞬きをした。そうして数秒後、ぎょっと目を見開く。

「な、――ちょ、ま、」

「うふふー、今日って何の日?」

「ちょ、返せ」

「Trick or Treat?」

 にい、と笑って囁けば、ウィルオウィスプは口をつぐんだ。濃い夕焼け――いいや、南瓜色の髪が揺れる。赤ではない、南瓜色。鮮やかな人ならぬ色だ。瞳はかがり火。仄かに青がちらついている。肌は病的な白。女のフーラにしてみれば、憎ったらしいほどの真白の肌。闇の中では光を帯びるのではないかという、それくらいの。

「ジャックはさー、何で南瓜なの? ふつー、カブじゃないの、持つのって」

「う、うるさい! オレは南瓜の味方なんだ!」

「え、何それウケるんだけど」

「おまえは何なの?!」

 いやだって南瓜の味方って。なんかしょぼい。

 ぷんすかと迫力なく涙目で怒るジャックは、南瓜を切ると自分が切られたかのような反応をする。南瓜料理は泣きながら食べるし、フーラが南瓜をぞんざいに扱うと怒る。……まあ、でも食べるのか、という気もしないでもないけど。

 風変わりなウィルオウィスプは、フーラが幼い頃に、東の魔女の森の、その奥の泉に繋がる川辺で出会った。そうしてフーラがひとりぼっちになって以来、ずっとフーラの家に居る。

 変な魔性だ。

「……なんだよ。見るなよ」

「あはは、見てない。監察してた」

「何故?!」

 年々彼の反応は大きくなっていっている、気がする。何故だろう。ひく、と引きつったジャックに向かって、手を差し出す。にやー、とフーラはいっそう笑みを深めた。

「Trick or Treat?」

 繰り返す。

 ジャックは固まる。

 目が逸れる。

 フーラは見つめる。

 かち、こち、かち。時計の音。瞬きはない。フーラも、ジャックも。

 そろそろ手が疲れてきたな、という頃合いで、ジャックが溜息をついた。諦めたように南瓜色の髪をわしゃわしゃと掻く。分かったよ、と不本意そうに彼は呟いた。

「じゃあ、Trick or Treat?」

「……ええ?」

「オレがやっても良いだろ。つーかオレがやる方だろ」

「そう……?」

 納得いかない。

 むう、と腕を組んで考え込む、と。何やらジャックは生意気にもウィルオウィスプに相応しい、悪戯めいた不遜な笑顔に変わった。さらにはどこか嬉し気でさえある。真似をするように片手を出される。それはゆっくりと動き、フーラが洗った南瓜を指した。

「あれ」

「ん、」

「オレあて」

 フーラは仏頂面になった。かあ、と頬が微かに紅潮する。むう、見抜かれた。ジャックのくせに。そっぽを向いてやっても、長年のジャックはさらに嬉しそうになるばかりだ。どんどん笑みが広がっていく。まったく腹立たしい。

「……まだ、できてない。だから、明日」

「ハロウィン終わるぞ」

「間に合わなかった」

「間に合わなかったのかアレ!」

 がーん、と今度はいたく衝撃を受けたていで彼はよろめいた。昔はあんなに可愛かったのに、とかじじくさいことを言っている。ふん、とフーラは鼻を鳴らした。だって、ジャックがうるさいからいけないのだ。だいたい台所まで何でついてくるのか。

 と、不意にジャックがフーラの頭を掴んだ。掴んだ、というか、撫でた。

「なに?」

 ジャックは嬉しそうだ。

「でも、オレのだ」

「そう、だけど」

「フーラが作るのは、大抵オレのだ」

「まあ、そうだね」

 一緒に暮らしているのだから、当然とも言える。それが何だと言うのだろう。訝しむフーラとは反対に、ジャックはますます喜ばしそうに頬を緩ます。……なんというか、でれっとしている。いらつく顔だ。

「フーラの言葉も、大抵、全部、オレのものだ」

 ジャックの眼が妖しく光る。青い火が底でちらちらと燃えている。魔性のものの、ひやりとするような引力が、ある。もしフーラがジャックに慣れていなかったら、ついでにいつもの情けない姿を知らなかったら、堕とされていたかもしれない。けれどもフーラは知っている。こいつときたら、とにかくおろおろしてばっかりの泣き虫男なのだ。料理もできないし。フーラは後ずさりもせず、床に座り込んだまま、むっつりと口をつぐんだ。ジャックが動いた。――食われる。

 何故かそう思って、フーラは反射的に彼の額をぱちん! と弾いた。

「いっだぁあ!」

「だから、それが何だっての。うざい」

「酷い!」

「何なのさっきから」

「フーラって実は俺のこと嫌いなの?!」

「はあ? いちばん好きだけど」

 何故か沈黙が降りた。

 まじまじとジャックがフーラを見てくる。一体何なのだ。と思ったら、ぼぼぼぼぼっ、と彼は真っ赤になった。

「……へ」

 びっくり。ぱちぱちと瞬く。彼はさらに落ち着きがなくなった。え、どうした。

「ちょっと、ジャック」

「うおぇあ?!」

「……色々大丈夫」

「憐れみの眼で見るな?! おまえのせいだろ!」

「意味分かんないし」

 ジャックは困った顔になった。だけどもすぐ、ぱっと笑う。いいよ、と言う。

「いーよ、分かんなくて」

 嬉しい時の笑顔だ。その嬉しいのを、自分の中にだけ隠しておきたい笑顔。それからごそごそと懐を探り始めた。なんだなんだ、と眉をひそめて待っていると、出てきたのは棒つき飴。ぐるぐると巻かれている、青と赤と白の飴だ。

「オレはちゃんと用意してたぞ!」

 なんだか得意気に言われた。けれども何故だかいつもみたいに怒れなくて、フーラはきょとんとそれを見た。

「……持ち歩いてたの、今日」

「えっ」

「溶けるし」

「溶けないから! オレのは魔法の飴なの!」

 何でこういちいち台詞が阿呆臭いのか。

 というか持っていたなら出し渋るな。さっさととっとと差し出すがいいわ、この南瓜野郎。深い意味もなく暴言を吐きたくなったのだけど、飴がとても美味しそうだったので、彼女は珍しくも勘弁してやることにした。口角を軽く引き上げて、笑う。ハロウィンは特別な日だ。フーラとジャックが出会って、それからフーラも知らない遥か遠い彼の記憶の中でもおぼろな頃、彼の彼としても意識がはっきりついた、いつか。ジャックの生まれた日。

 彼が南瓜を被った日。

 かたわらまで盗んだ南瓜の面をくるりと回す。大分傷んできた。一年前、フーラが作ったものだ。なんでか腐らず残っているのだけれど、さすがにぼろっちくなってきている。フーラはちらりとジャックを見やった。うん、南瓜の方が男前。

「あたしからのお菓子は明日ね」

「明日はハロウィンじゃない!」

 ジャックがばんばんと床を叩いた。ぼろい家なのだからやめて欲しい。抜けたらどうするんだ。

 フーラは嘆息した。不本意だが、仕方ない。間に合わなかった自分が悪い。

「仕方ないな、あたしの分の南瓜のパイを半分上げるよ。それでいい?」

「いんや」

 にやり、とジャックが悪い顔になった。

「オレはハロウィンの主役、ジャック・オ・ランタンだぞ! お菓子がないなら悪戯だ!」

 うわうっざ。

 思いっきり頬を引きつらせた彼女にまったく頓着せず「てーい!」などと珍妙なかけ声を上げてジャックがなだれ込んできた。キュッとジャックの腕で首が絞まる。こ、こいつ。日頃の恨みでも晴らすつもりか。怒鳴りかけた瞬間、ちゅ、と頬のあたりを“悪戯”された。びっくりして目を見開くと、くつくつジャックが笑い始めた。耳のすぐ横で密やかに楽しげな、いかにも魔性のものに相応しい笑い方が響いてくる。

「ふふん。おまえ忘れてるだろ。オレはこれでもおまえの何十倍もこの世で生きているんだぞ!」

「…………エロジジイ」

 舌打ちせんばかりの呻きはしかし力なく、ジャックの浮かべる勝者の笑みをなおさら深めるばかりなのだった。

 

 

 

 


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   fight point:

  (ちょっと洋風、あっさりめ、暴言少女、ハロウィンにあやかろうとして間に合わなかった……!)

 

 

 

 

 

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