翌日、リディアンヌは少し遅めに起きた。あふ、と欠伸をしながら、続き間になっている夫の部屋へと繋がるドアを開けた。朝起きて、まず夫に挨拶をするのがリディアンヌが自分で決めた習慣だった。もう部屋にはいないかもしれないが、一応という気持ちで部屋を移動する。……そもそも、なぜ夫婦の寝室が別なのか、そこも疑問だ。 うとうとしつつ、隙なく着替えたオルレアンの姿を発見して、彼女はぱっと笑みを浮かべた。 「旦那様、まだおいででしたのね。おはようございます」 オルレアンが振り向く。反応はそれだけかと思いきや、彼は盛大に顔を歪めた。 「――――君、なんて恰好をしているんだ」 地の底から響くような重苦しい声だった。リディアンヌはぽかんとしてしまった。 「……はあ?」 意味が分からず首を傾げる。オルレアンはずかずかと荒い足取りで近寄り、妻の肩を掴んだと思ったら容赦なく彼女を部屋へ戻らせた。 「え、あの、旦那様、ちょっと」 「そんな恰好で男の前に出るなんて、君は何を何を考えている」 「いえ、あの、男というか、夫です」 「目のやり場に困る」 はあ、と甘い溜息が首筋をくすぐり、ぶわっと総毛立った。いったい、いったい、これは何なのだろう! リディアンヌは青くなった。おかしい、わたしの旦那様が、こんな世話焼きのお兄さんみたいなひとであるはずがありません! 「わ、分かりましたわ! 着替えて――――着替えて参ります! それでは!」 ばんっ、と勢いよく続き間のドアを閉めて、リディアンヌはずるずるとしゃがみ込んだ。眠気はすっかり吹き飛んでいた。嫌な感じに鼓動が速まっている。つう、と冷や汗がこめかみを伝った。おかしい。とてもおかしい。だって、旦那様が、あんなに長いお言葉を喋っていらっしゃった! ……だめだ、混乱が止まらない。 いったいオルレアンの身に何が、と思ったところで彼女は自分の所行を思い出した。 「……つまり、あれが媚薬の効果ということ……?」 そんな馬鹿な。媚薬というのは、その、相手を惚れさせる、薬のはずだ。甘い笑顔で甘い言葉を吐いて心をいっとう傾けてくれる、薬。甘い笑顔のオルレアンも、あまり想像できないが。 アニエスに聞きにいかなければ。リディアンヌはとりあえずそう決めた。他に頭が回らなかった。ぐったりしながら、頭を抱える。 「まったくもって、予想外だわ」 |