そのじゅういち:奥様と招待状




 それからリディアンヌはよくよくオルレアンのそばをうろつくようになった。甲斐甲斐しく世話を焼き、過剰に心配されれば素直に引き、にこにこと機嫌の良さそうな顔で笑っている。
 彼女の思うところの、仲睦まじい夫婦、を体言するように。近づき過ぎず、甘え過ぎず、離れ過ぎず。旦那様、と呼びかける回数が増えて、オルレアンの返事も格段に増えて、それが、リディアンヌはとても嬉しい。
 とても嬉しい。
 そう思っている。
 旦那様、わたしは、ほんとに、そう思っているの。
 嘘じゃない。




 旦那様発狂事件(某執事談)から数日経って、リディアンヌは再び一通の手紙を受け取った。正確にはオルレアン宛の封書だったが、彼は領主仕事で忙しい。カラス退治案を練ったりとか。なので、明らかに公的ではない、バシュラール=ヴォルパス伯爵夫妻に当てられたものや、たとえば、そう――今彼女の手にあるような、知人からきた園遊会の招待状などは、妻がはじめに確認することになっている。多忙な旦那様は気遣った、館のなかの暗黙の了解である。
 なので、本日の招待状も、執事の軽い検分ののち、リディアンヌが封を開けることになったのだ。
「まあ、フェルディナン子爵さま……ということは、オルバロッドの侯爵様のお屋敷かしら。それとも、この近くのエルロイのお屋敷?」
 思わず呟き、読み進めるうちにエルロイの方だと分かる。子爵は基本的に王都に詰めているはずだが、どうやら今は領地に戻っているようだ。珍しい。おそらく、暇つぶしがてら、ちょうどいいので引きこもりの友人も招いて華やかに過ごそうというところだろう。招待状によれば夫婦で――当然のことだが――とあるが、果たしてオルレアンに、いやこの領主館にそんな暇はあるかどうか。日々仕事に励む背中を思い起こし、彼女はため息をついた。無理、というほどではないけれど、できればその分の時間はゆっくりしていただきたいのが本音である。しかし社交も立派な務めだ。握りつぶす――いやいや、勝手に放棄するわけにもいくまい。ともかく、晩餐のときにでも直接彼の意向を聞いてみよう、とリディアンヌは手紙を薔薇の飾りの文箱にしまった。
 そして夕刻を過ぎ、食事のおりに園遊会に参加するかどうか尋ねると、オルレアンはあっさり頷いた。リディアンヌがのけぞるほどの即答だった。そんなばかな。引きこもりの旦那様がいやな顔ひとつしないなんて。
「あ、あの――行かれるのですか。その、子爵さまなら、旦那様のお忙しさはご存じでしょうし、えっと、……その」
 つい口に出してしまってから、そうはっきりと「断ってもいいのではないか」とも言えず、もごもごと口ごもる。そんな彼女の様子から何をどう読みとったのか、ああ、とオルレアンはあまやかに目尻を下げた。
「君は、無理に行かなくてもいい。フェルディナンは気にしないだろう」
 ああ!
 がくり、とリディアンヌは肩を落としてうなだれた。ああ、もう、もう。違うんですのよ、旦那様! わたしが言いたいのは、そういうことではないのです。
 でもきっと、優しいこの方に、わたしはうまく伝えられない。
「リディアンヌ?」
 優しい声。彼女をいたわる声だ。リディアンヌは顔をあげた。にっこりと笑ってみせる。
「いやですわ、旦那様。旦那様が行かれるなら、妻がついていくのは当然ではありませんか」

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