リディアンヌは完全に混乱していた。 「え? ……え、え? ど、どういう――どういう意味ですか!?」 「そのままだ」 「あっ、それも薬の効果ですか! そういう思い込みが生まれる、という……恐ろしい……」 「違う」 ばっさりと否定された。いちばん有りそうな答えだったというのに。 「だって、あの……わけが分かりませんわ。どうしてそうなるんです?」 「何が疑問か」 それこそわけが分からん、という顔をするオルレアンである。 「な、な、なにって、何もかもが……。あの、嘘ですよね?」 「告白するときに、嘘を吐く余裕はないが」 「――」 ぼんっとリディアンヌの顔が真っ赤になった。心臓が凄まじい勢いで駆け出して、身体中が燃えるように熱い。い、い、今の、言葉は何。物語で読むどんな甘い台詞よりも率直に、リディアンヌの心をめちゃくちゃにした。 こくはく。 今のは、告白だったの? 「……だって、そんな、そんなご様子は」 「それが常態だっただけだ。君と婚約するべく顔を合わせたときには、すでに好きだったからな」 そうでない状態を、知らないからだろう。 と、言われても。 どうしよう、頭が真っ白だ。 「……あの、というか、おかしいですわ、そんなの。知らない人間をどうして好きになるのですか」 「知らないと思っているのは君だけだ。私は君を知っていた。ちなみに、ダンスをしたこともある」 リディアンヌは驚いた。身に覚えがなかったのではなく、オルレアンがそのことを記憶していたことに。 「そ、それって、わたしがデビューしたときのことでしょう? まさか、だって、旦那様が覚えていらっしゃるなんて」 今度はオルレアンが驚いたようだった。 「……君こそ、覚えていたのか」 忘れるわけがない。はじめて、リディアンヌが淑女としてダンスに誘ってもらえたときのこと。寡黙で物静かなすてきな紳士に、半ばせがむようにして踊ってもらった。お手を、と優雅に差し出された手。あの瞬間、リディアンヌは飛び上がらんばかりに幸福だった。そのひとの優しく綻んだ目許がとてもすてきだと思った。踊るのは少し難しかったけれど、とても楽しかった。 でも、この婚姻で顔を合わせたとき、オルレアンはリディアンヌのことなど覚えていないのだと感じたのだ。あのたったの一回きりのことだったし、それも当たり前だとも。 「リディアンヌ」 「……はい」 「どうも、あまり伝わっていなかったらしいが」 「は、はい……」 「私は君を好きだったが、きっと前回のことでまだ傷心なのだろうと思ってもいた。だからなるべく無理をさせてはいけないと」 「え……つまり、気遣ってくださってのこと……?」 「君の言うように、恋とは強い感情だ。もし元婚約者のことが残っているのなら、急に気持ちを変えさせるのはしのびなかった。だから、そういう諸々のことで、我慢することはない……と以前に伝えたつもりだったのだが」 あまりのことに、リディアンヌは絶句した。 それは、だから、つまり――ぜんぶ、優しさだったということ? それを、ただ、わたしが分かっていなくて。 (空回っていただけ?) がくっと急激に力が抜けた。へなへなと地面に座り込んでしまう。乾いた笑いが口を突いて、そしてリディアンヌは妙にすっきりしていた。 (わたし、旦那様に、恋をしても――していても、いいんだわ) 「……それで」 と、オルレアンが改まった声を出した。なぜか、少々険しいお顔だ。眉間にまた皺ができている。 「君はどうだ」 「え?」 「……告白には、返事をするものではないか」 リディアンヌはぱちくりと瞬いた。唖然としてから、弾けるように笑う。 「まあ! もうばればれでしょう? ――わたしだって、旦那様が大好きですわ!」 奥様はとびきりの笑顔でそう言って、一瞬の躊躇もなく愛しい旦那様の腕へと飛び込んだのだった。 |