12月くらいでしょうか。十行目あたりで春夜が名前を呼ぶところに、一瞬どきりとでもひやっとでもしていただけたらものすっごく嬉しいです。感無量です。
つまりは世に言うめでたしめでたし。そのような。
ありがとうございました!
来年はあたし達も高三だ。
ふあ、と欠伸をしながら参考書をめくる。レ点がこれで、訳はこうこうこれこれ、とぼんやり考える。
ふと窓の外に目をやれば、ひゅうと冷たい風が吹く。……うわー、暖房ついてないと、死ぬ。寒い。外出たくない。
どんよりとした曇り空に、花も葉もない枝が淋しそうにしている。今にも降り出しそうな空だ。そういえば傘持ってきたっけなぁ、と考えて、ばたりと机に突っ伏する。
来年、大学に上がる為の試験がある。四大の方を選んだあたしはもうちょっと頭を良くしておかないといけない。外部から受験するよりは遥かに楽ではあるだろうけど、やっぱりちょっと、胃が痛い。あたしがこうなんだから、女郎花学園とは違う大学を受ける子はもっとキリキリしているだろう。うちのクラスにも何人かいる。
「ハル、帰るか?」
向かいで日本史をまとめていた灯夜が顔を上げて言った。眼鏡のつるが鈍く光る。……意外に似合うんだよなぁ。憎たらしい。あたしは「んん、」と判然としない声で呟く。灯夜は笑って、意味分かんないぞ、と朗らかに呟き、手を伸ばした。ふわ、と髪の毛の一部が持ち上がる。灯夜の手。触られた感じはないのに、どこかくすぐったい気分になる。なに、と我ながら柔い問いかけをする。
「んー……」
何だかこの上なく甘い顔で、灯夜はもう片方の手を伸ばした。正面からわしゃわしゃと頭を掻き撫ぜられる。う、わわ。……ぐしゃぐしゃ。
「ちょ、っと」
「んん、春夜の髪、ほんとふわふわだなぁ」
ものすごく楽しそうだ。耳の裏まで指が伸びる。その辺りが、かっと熱くなった。ふしゅう、と何かが身体の中から抜ける。うう。赤くなりながらも、あたしは別段振りほどこうとはしなかった。
「あのさぁ、前から聞きたかったんだけど、何で灯夜、ひとの髪の毛ぐしゃぐしゃにするの好きなの。癖?」
「ひとの髪って、春夜のだけなんだけど」
「……っ、そういうことじゃなくって!」
ていうか、そういう恥ずかしいことをさらっと言わないで! 何で不思議そうな顔してんの!
「んー、なんか春夜の髪って、昔飼ってた犬に似てんだよなぁ。ふわっふわしてて、ぐりぐり撫でてやるとほへっとした顔で大喜び」
「あたししてない!」
「いや犬の話ね」
はっはっは、と意地悪く笑って、今度はするりとあたしの両頬を掴みあげる。うぐ。自然、顎を上げられる形になる。それからじいっと顔を覗き込まれた。な、なになに。
「暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか」
いつまでも残ってるわけにもいかないしな、と呟いて、灯夜はさっさと立ち上がった。その拍子にぱっと手を離される。あたしも釣られるように立つ。かたんと椅子の音が影の深い教室に響いた。
「ハル」
ふわりと微笑って、蕩けるようにあたしを呼ぶ。その声が、あたしはすごくすごく好きだ。うん、と首を傾げると、あたしのいちばんすきなひとは、それだけで嬉しそうになる。
「来年も再来年も再々来年も。二十年後だって一緒だから、大丈夫」
あたしはぱちぱちと瞬いた。それは、つまり、あせんなくていいよ、ということだろうか。柔らかくて耳に心地良い言葉が、じわりと心臓の辺りまで沁みてくる。ほうっと身体が熱くなる。うん。そっかぁ、うん。嬉しくてしあわせな気分になる。だから思わずへらっとしてしまった。繋がれた手をぎゅうっと握りしめる。
「まったく、灯夜は甘いねぇ」
「いやー、どっちかっていうと、春夜の方がね。鈍いしね」
ふふふ、と何やら含みのありそうな顔で言って、灯夜はゆっくり歩き始めた。あたしはちょっとひっかかって、何それ? と尋ねてみる。だけど灯夜は笑うだけで答えてくれない。
「一生一緒ってことだよ」
そんなことを軽やかに言うだけだ。それはとても嬉しい言葉で、それで単純なあたしはちょっと舞い上がって騙されるわけだけど、やっぱりその時は気付かない。あたしが、この意味をもっとようく分かるのは、実に三年後のことだったりする。
さらに数十年後かの話をすると、あたしはおばあちゃんになってもこのひとの隣でなんとなく耳に心地良い言葉にはぐらかされていたりするんだった。
百年先でも君のとなりで微睡んで。