その男達がやってきたのは、両親が死に、葬儀が終わった三日後のことだった。
 山羊を抱え、妹の手を握りしめたサリエに、不機嫌そうな男が言った。
「ふん、山羊飼の息子か。——いいか、おまえたちは今日から私の養子になる。金も仕事もない子供に、拒否権はないと思え」
 その次の日から、彼は地主の三番目の息子になった。

 
 

 
3.
 

別れの儀式が終わるとき

 

 

 

 

  先代の千糸が亡くなったのは、数年ほど前のことだった。それ以来気候は悪くなり、不作が続き、悪いことが少しばかり多くなっていた。けれどもそれがサリエに関係することはほとんどなかったし、そういうものかと諦めてもいた。だが国はそうではなかったらしい。先代が死んで以来、ずっと、次代千糸の所在を、中枢の紡ぎ手の糸繰りで探していたようだ。
 そうしてその、見つけ出されたのが彼の一つ下の妹であり、両親が死んでまもなくのことだった、というだけの話。
 拒絶も、怒りも、当惑も。
 何もかもが無に等しく、きっと訳も分かっていないのだろう、きょとんとしたまま連れられていく妹に、ただ手を伸ばすしかできなかった。羽交い締めにされ、引き離され、喚いても喚いても、彼女は戻ってこなかった。
 ハルラはたったの六歳で、冷たい石壁の中へ、閉じ込められたのだ。
 山羊飼の娘ではなく、地主の一人娘として。
 
 
 
 
 
 
 
 サリエが時計塔に通うことで、警備という名目で監視の任を請け負う男も、役人も、養父も、誰もが良い顔をしなかった。それでもサリエは通い続けた。村の人間の何人かは知り合いで、だから憐憫の目を向けられもしたが、名誉なことなのだと諭されもした。千糸不在の幾年かは、大人達にとってはあまりよろしくないものだったのだろう。
 六つの妹は養父や役人に己の身がどのようなものなのか、ということを繰り返され、漸う自分の状況を把握し始めたらしい、少しずつ、暗くなっていった。
 その鬱憤が溜まった一年後、彼女が七つの頃、ハルラは時計塔から落ちたのだ。
 わざとではない筈だ。けれども外に焦がれたのかもしれないと、のちのち思った。開けて穴空きになったその場所から、足を踏み外した彼女を助けたのは、村の紡ぎ手の息子だった。
 ぞっとした。もし二人に紡ぎの力がなかったら、どちらも死んでいたかもしれない。一方は落下速度に、一方は降ってきた重みに押しつぶされて。
 茫然自失状態だったらしい妹は、涙も出せずにその子供の上でぴくりともしなかった。それを気を失っているのだと勘違いした少年は、サリエと村の大人が駆けつけるまでずっとそのままでいてくれたと言う。なんとか起き上がったハルラが、真っ青になって謝ろうとするのに対して、人の好い少年はへらりと笑った。
『だいじょうぶ、助かったみたいだからね』
 そんなあさってなことを言って、ハルラの頭をふわふわ撫でた。その光景を見て、何だか、サリエは無性に泣きたくなったのを覚えている。神様ではなくて、その少年に、額突いて感謝したいくらいだった。
 少年の名をラギと言った。
 それからサリエはラギと話すようになった。ぽつり、ぽつり。少しずつ。そうするうちに、何故だか村いちの友人になっていて、気付けばよく北の丘で寝っ転がっていた。
 ラギは、ハルラにも会いにいくようになった。
 彼はあんまり千糸の存在をよく分かっていないようで、さらには時計塔への入り方も知らなかった。しょうがないので連れていってやったのを覚えている。
 それから、たくさん、彼はハルラに会いに行った。
 枯れかけの花のようなハルラに、ラギが水を遣るように。
 人一倍、二人を見てきた。だから気付いた。
 ハルラの、花がこぼれるような、想いの先。
 何もかも、純度の高い水のように流して諦めていくようだった彼女のその変化に、サリエがどれほど幸福になったか。
 きっと二人は考えもしないのだ。
 

 
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