朝目覚めたサリエの部屋にやってきたのは、二番目の兄だった。最近気付いたのだが、この兄はどうもお節介焼きの気があるようだった。どうやって嗅ぎ付けたのか、今日もまたいかめしい顔をさらにいかめしくして彼は口火を切った。
「サリエ、昨日どこへ行っていた」
「……いつの話だよ」
「夜中の話だ」
 ドラードは話を逸らされなかった。厳しい目がサリエを睨む。サリエは無言になった。
 少しばかり、沈黙が続いた。そうしてふとドラードはため息をついた。ハルラのもとか、と彼は当てる。サリエは黙ったまま頷かなかった。
「村の外に出したのか」
 ぴくり、と思わず揺れてしまったのを、サリエは心の底から後悔した。どうしてこんなにズバズバ当てるのか。今まで大して興味も持たずにいた弟のことで。そもそもこんなにカンの良い男だっただろうか。
「ちげぇよ」
「連れ出したんだな」
 ……違うっつったのに何故断言する。
 頬を引きつらせるサリエに構わず、ドラードは、そうか、と顎に手をやって、何事か考え込んだ。その様子をサリエは訝しく思った。すぐさま養父に知らせに行くかと思ったのだが。
「……何で容認してんだ、あんた」
 胡乱に問うと、ドラードはいかめしい顔を上げて、苦笑した。
「おまえの妹は、俺の妹でもあるのだ」
 サリエは目を剥いた。それはとてつもなく傲慢で、恥知らずの言葉だった。今まで何とも思わず目も向けてこなかっただろう娘のことを、彼は妹だと言った。愚かしく、そして酷い言葉だ。けれど。
 けれど、サリエにはその傲慢な言葉が、まるで救いのようだった。
 もしかしたら、と思う。もしかしたら、彼は、サリエが思う以上にサリエのことを見ていたのかもしれない。弟として、同じ屋敷に住まう者として。ハルラのことばかり考えてぎりぎりしていたことを、サリエは決して後悔しないけれど、それでも、兄達に向き合ってこなかったのは自分の方だったのかもしれないと、少しだけ悔いるような気持ちになった。
「バレても、おまえは何か言うな。知らなかった振りをしろ。いいな」
 先程とは違う意味で口を噤む弟に、お節介な兄は念を押すように言った。
「……あんた、情にもろいな」
「なんだそれは。——俺も、兄貴も、何もしてこなかったし、何も考えてこなかった。そのことの方が愚かしい。それよりハルラは一人か?」
「………いや、……ラギが、一緒だ」
 散々迷って、だけど結局、サリエは口を割った。どうやら自分も兄の情にほだされたらしい。ドラードは難しい顔で、まずいな、と呟いた。
「まずい。ラギがいないと朝の紡ぎもない。……すぐバレるぞ」
 サリエは固まった。……しまった。
 その可能性は、考えていなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 雑木林を抜け、隣町との境目まで来たラギとハルラは、ひとまず隣町よりの林の手前で、夜を明かした。あんまり安眠はできなかった。手前とは言え、獣が出ないとも限らない。緊張の為か、いつもよりずっと早くに目覚めてしまった。
 朝日が昇る。
 腕の中のハルラがみじろいだ。ラギがぼんやりと空を見ていたからか、彼女も同じように枠のない空を見上げた。
「……あさ、」
「うん。朝だ」
 きゅ、とハルラの手を握りしめる。五年ぶりにまっさらな空を見た彼女の声は、僅かに震えていた。
 
 
 ああ、陽が、昇る。
 
 
 
 
 
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