世界は空の色をしている。
 よく晴れた日、雲の白さに目を細めるような、青空の色。

 
 

 
4.
 

遠のいていくのは景色か意識か

 

 

 
 

 
 
 ハルラの手を引いて賑やかな街中を歩く。中央からかなり離れているのに、この隣町はわりあい都会的だ。華やかな飾りが陽光に柔らかく照らされている。ずらりと通りに並んだ店の中から、各々客寄せの声が飛び交っていた。
「……これが、まち……」
 ほとりとハルラは呟いた。目を瞠って、信じられないものを見るように、その瞳を輝かせている。きらきら、きらきら。ほう、とそれを見るだけで胸が熱くなる。鼓動が早まる。握った、てのひらが、あつい。そこに心臓が移ったみたいに、どきどきする。
「ハルラ、お腹空いた?」
「え……う、うん」
「じゃあ、あそこで何か買おうか」
 ハルラはびっくりしたように瞬いた。でも、と口ごもる。
「お金、ある?」
 ラギはちょっと驚いた。ハルラも、お金は知っているのか。……いや、当然か。
「うん。持ってきた」
 懐からひらりと財布を取り出す。ラギの全財産だ。彼女はぽかんと口を開いて、何故か尊敬の眼差しを向けてきた。
「ラギ、お金、あるんだね!」
「……うん? ……う、うん……」
 なんだろう、その感想。
 深く突っ込むと哀しいことになる気がして、ラギは目を泳がせた。石畳の道を羊の毛を編み込んだ柔らかい靴でえっちらおっちら進む。赤い看板の赤いエプロンを着た女性が声を張り上げる店の前まで。
「すみません、揚げパンふたつください」
「あいよ! 砂糖はまぶすかい?」
「お願いします」
 代金を払って、ほかほかの揚げパンをひとつ、ハルラに渡す。ハルラはおっかなびっくり受け取って、その温かさにびくっと肩を跳ね上げたり、じいっと揚げパンを睨み込んだりした。うさぎがリスを警戒するみたいな姿だった。ぶふ、とつい笑ってしまう。
「う、笑わないでよ」
「や、だって。別にとって食われやしないよ。ていうかハルラが食べるんだよ」
「で、でも、これ、あったかいし」
 なんか貴族みたいなこと言い始めた。
 ラギ達の住んでいるような、本当の田舎ではあまり見ないけれど、地方にもぼちぼち貴族はいる。そういう人達は毒見されたものしか食べない。だからごはんはみんな冷たい。
 でもハルラの場合はそうではなくて、あの螺旋階段を昇っていく間に、食べ物はみんな冷えてしまうのだ。それに、ハルラはそもそも、あんまり良い食事をもらっていない。冷たいスープとパンと、村の人からの差し入れ。ミルク。全部、あったかいままのものは、ない。
「……大丈夫、きっと、ハルラも好きな味だよ。なんたって甘いからね」
 胸が詰まって、なんだか泣きそうになって、だからラギはそんな風におどけてみせた。少しずつ、今まで見えてこなかった、そういうものを、まざまざと思い知らされる。どうしてもっと早くに気付けなかったのだろう。そうやって後悔する、色んなこと。気付いていたからどうにかできるわけではないけれど。
 いつも、ラギは遅いのだ。
 ハルラはそっと揚げパンを噛んだ。はふり、と温かい揚げパン。紙袋に油が染みている。ラギはその様子をじっと見守った。なんだか妙に緊張する。
 ハルラの喉が嚥下する。
 みるみるその頬が赤く染まりあがり、彼女は嬉しそうに笑った。
「ラギ、美味しいよ。ありがとう」
 ラギも笑った。かなしいくらい、嬉しかった。
「うん、良かった」
 ぱくりと、ラギも揚げパンにかぶりついた。


 
 
 
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