The Lost and regained blue. ヤーレンとの通話を切り、今度は白猫塔の事務にかける。姉が過労で倒れた、ということにして担架を呼んでから、数時間ほど。ミルリカが目覚めたと聞いて救護室に入ると、彼女はぼんやりと窓の外を見ていた。白い寝台の上の儚げな横顔が、心臓に悪い。ひかえめに呼びかける。 「あら、リルカ」 「大丈夫?」 「わたし、倒れたのね。びっくり。ぜんぜん覚えてないわ。というか、ここ最近のこと、さっぱり記憶にないのだけど」 「やばいよ、働き過ぎだよ。有給取りなよ」 「うーん、そうもいかないのよ。でもどうしてこんなに疲れているのかしら」 「……痩せたね。ていうか、痩せこけた」 「いやな言い直し方しないで。心配かけたわ」 「ほんとだよ」 「……いやだ、リルカ、怒っている?」 ミルリカが少し焦ったように眉根を寄せた。いつもならここで折れたが、今日はそうもいかない。リルカはじっとりと姉を見やる。 「姉さん」 「な、なあに」 「姉さんの、恋人は、死んだの?」 ぴたりと姉は止まった。微苦笑して、リルカの頭をそろそろと撫でる。それから、頷く。 「ええ、そうよ」 「別れたって、死別だったの」 「そういう言い方が正しいのかは、分からないけれど……そうね」 「取り戻したい?」 姉は微笑んだ。肯定の笑みだ。リルカはその表情を見つめたまま、でも、と告げる。 「姉さんは、死なないでね。哀しいから」 死んだら、取り戻せないし。 ミルリカは目を丸くし、そうして何かを考えるように睫毛を伏せる。目尻が仄かに赤らんでいるように思えた。そうね、と彼女は囁いた。囁いて、そして、おもむろに妹を抱き寄せた。リルカも目を閉じて彼女を抱き返した。 雨に濡れた服は、もうとっくに渇いていた。 今晩の夢には、きっとうさぎは出てこない。 ヤーレンは『ごめんなんでもない』というまったく状況説明になっていない言葉で一方的に切られた電話を、つまり端末の液晶を茫然と眺めた。なんなんだいったい。ここずっと、友人は元気がなかったので、どうやら調子が出てきたらしいのは良かったが、しかしこの仕打ちはいかがなものだろう。というか、さきほどまでの通話はなんだったのだ。すごく物騒な感じがしたんだけど。彼はいつものカフェに向かう途中で、珍しく友人からかかってきた電話に出るため、慌てて屋根のある紙物屋の軒先に身を寄せたところだった。この雨のせいで紙物屋は開いていないことが多かったので、遠慮せずに長居していたのだが、通話が終わってしばらくて、防水性の高い材質の扉がひゅんと開いた。店主らしき老人が外に置くたぐいのラックを運び出してくる。 「えっ、こんな雨のなかで?」 うっかり口に出してしまった。するとそれが聞こえたのか、老人がからからと笑い声を立てた。枯葉が舞うみたいである。 「何をおっしゃいますか、お客さん。ほれ」 「え?」 ひょいとよぼよぼしい、見ていてはらはらする指が屋根の外を示す。つられるようにして視線を向けて、ヤーレンは目を見開いた。 「うわあ……やっと晴れたのか」 厚ぼったい雨雲が押しやられ、刺すような陽光が明るくきらめく。雲間から覗く、果てがないような高い高い空は、あらゆる色を呑み込みなお深い、けれど美しい紺碧の空だった。 |