02. ふたりめの相談者


「ああ、僕、僕、どうしたらいいんだ!」
 午後一番の客は、アメリアと同じように、席に座った瞬間、さめざめと泣き出した。めんどくせえ、と魔法使いは思った。ローリーはなぜか立ち去らず、相談室の奥でひっそり身を隠している。商売の邪魔である。
「はあ、何がどうしたって言うんですかね。皆目見当つきませんが」
 ぶっ、と部屋の奥でローリーが吹き出した。棒読みがバレバレだったらしい。
 一方自分のことでいっぱいいっぱいらしい客は、あああそうですねそうですねとあわあわ腕を振り回した。身振りすら騒がしい男である。
 魔法使いは片方の手でキーアを撫で、片方の手で頬杖をついた。黒いフードに鼻の上まで隠れているのでかなり年齢不詳だが、口許からして子供のようだと噂されている、らしい。失敬な噂だ、これでも成人している。この国の成人年齢は十五歳なので、まあ、見た目はまだ子供かもしれないが。黒い長手袋に隠れた手と、それをさらに隠す長い袖。自分でも思うが、陰気である。しかしここに訪れるものは大抵自分のことでいっぱいなのであまり気にならないらしい。少しでも客を減らす為にした恰好だったというのに、まるで意味がなかった。暑いだけだ。夏場は死にそうだが、意地になっているので脱げない。
「僕はアメリアに嫌われてしまった!」
「いつものことじゃないですか」
「酷い!」
 ルカーシュ・フォン・アダーシェクは絶叫した。この世の終わりのような表情だが、この男、ここにくるたび同じことを言っているのである。
 アメリアの婚約者である彼は、彼女の気を引こうとして、毎回何か失敗を重ねている。それがどうにかよい関係に戻ったかと思えば、またこうやって魔法使いのところにくるのだった。正直鬱陶しい。二人揃ってはた迷惑な者たちである。
「今度はいったい何を失敗したのか、一応聞いてあげますが」
 本日いったい何度目だろうと思いながら、ノア・ロアは溜息とともに譲歩した。ルカーシュは勢い込んだ。
「こ、この指輪を、贈ろうとしたら、投げ返されて――――『だいっきらい!』って……っ!」
「……それはご愁傷さまです。それでは次のひとに、」
「何か慰めてくださいよおおおお!」
 ええい、鬱陶しい! ルカーシュは湖水の瞳に青みがかった黒髪という、この国ではかなり好まれる美青年である。美少女と美青年でぴったりな夫婦になりそうだ。外見だけだと。
 中身がどうあれ、見た目がこれなので、彼の周りには女が絶えない。何しろ彼は名家の出身で、いささか格が低いとはいえ、正真正銘、古い貴族の家柄だ。中流、上流問わず、彼の心を射止めんと狙う婦女子が盛りだくさんである。アメリアが言っていたのはこういうことだろう。性格は、ノア・ロアからするとちょっぴり鬱陶しくて面倒臭いが、かといってたいへんよろしくない悪人でもない。うむ、狙いどころだ。
「ここは懺悔室じゃないんですがね、ルカーシュ・フォン・アダーシェク卿。一応助言しますが、彼女は不安に思っているんですよ。あなたの心がどこを向いているのか感じられずにね」
 ここは恋愛相談室でもないんですがね。という心のぼやきはしまっておく。
 ルカーシュは「そんな……!」と悲愴な顔になった。
「僕はこんなにアメリアに心を捧げているというのに、どうしてそうなるんですか!」
「そういうことはご本人に言ってはいかがですかね。宝飾店に他の女性と行ったりするのもおやめなさい、誤解のもとです」
「ユディタ嬢には、アメリアの為の指輪を選ぶのに、手伝ってもらっていただけです」
「そんなこと知りませんよ、私もアメリア嬢もね。だいたい意中の相手への贈り物を選ぶのに、年頃の女性を伴ってどうするんです。一人でいきなさい、一人で」
「そ――そんな勇気はありませんよ!」
「びしっと勇気出しなさい。男でしょう」
「魔法使い殿は恋人がいたこともないからそんなこと仰るんですよ! 無理に決まってるじゃないですか!」
 なんとも情けない訴えだ。ノア・ロアは危うくキーアの毛を引っこ抜くところだった。ふん、と鼻であしらう。
「失敬な。いますよ恋人くらい」
「マジで!?」
 なぜか後ろからも同じ叫びが聞こえた。じろ、と睨むがローリーは目を剥くばかりで気づかない。幸いなことにルカーシュも同じようだった。
「……冗談です。いったいそんな俗語、どこで覚えていらっしゃるんですか」
「あ、ああ、冗談……心臓に悪い……しゃれになっていませんよ、魔法使い殿」
 どういう意味だ。
「ともかく、あなたはもう少し配慮というものを知るべきですね。女性をはべらすようなやんちゃはやめて、アメリア嬢の尻でもおっかけてなさい。……あまり放ってばかりおくと、簡単に失ってしまいますよ」
 そこでノア・ロアはにんまり笑ってみせた。唇を三日月の形に吊り上げる。効果抜群、ルカーシュは震え上がった。
「ど、どういう意味……」
「そのままの意味ですよ。さあ、相談は終わりです。心配せずともアメリア嬢の方には手をうちました。……三日、せいぜい胃を細くしてお待ちなさい」
 ぽん、と判子を押して魔法使いは青年を追い出した。
 それから三日が立ったある日、ノア・ロアは暇つぶしにやってきた(としか思えない)ローリーに、王女宛の文書を託した。どういう用件か、と聞いてくる彼に、秘密ですよ、ふふふ……と怪しく陰気に笑ってみせたが、特に効果はなかった。悔しい話である。
 さて、アメリア嬢に変化は訪れたか?
 答えは、是、である。



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