03. 願いの成果


 アメリア・フォン・ドレスデンは魔法使いの言いつけ通り、魔法の香水を毎日かかさずつけていた。特にこれといった効果は現れなかったが、アメリアは偏屈な友人のことを欠片も疑いはしなかった。
 そして三日目の朝、彼女はいやに清々しい気持ちで目を覚ました。
「――――どういうことですの、お父様」
 清々しさはしかし、父の第一声で吹っ飛び、彼女の顔は青も白も通り越して土気色に変わっていた。
「どうもこうも、そのままの意味だよ、アメリア。あの青年はおまえには不釣り合いだ。婚約は白紙に戻してもらう。ヴォルツォ殿には悪いがね」
 ヴォルツォというのはルカーシュの父親の名である。アメリアの父とは長い付き合いのある相手だ。それなのにこんな不義理を、まさか父が言い出すなんて!
「そんな……そんな、考えなおしてくださいませ。わたし――わたくし、あの方を、」
「アメリア、おまえのためを思って言っているんだ。午後には私自ら断りを入れにいく。おまえは大人しく待っていなさい。いいね」
「お父様!」
 三日目は、そうしてアメリアにとって最悪な始まりを見せていた。
 どうして、と震える唇がそう零し、彼女はぽろぽろと大粒の涙を光らせた。しかし、いつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。
 ゆえに、アメリアはいてもたってもいられず家を飛び出した。昨今の上流階級の娘は、わりあい自分の足で道を往くが、それでも走ることはあまりない。だというのに彼女はとるものもとりあえず、煉瓦を敷かれた道を走り、王城に向かった。誉れ高き、そして信頼する友人たる、魔法使いのもとへ。
 だが思わぬことが起きた。途中途中、男たちが話しかけてくるのである。それもめっぽう優しく、これまで聞いたこともない甘い声で、見知らぬ男も見知った男も関係なく。
 アメリアをたぶらかす睦言に、多くはルカーシュを引き離す言葉。堪えて堪えて堪え抜いたものの、決定的な言葉が、アメリアの心の深奥を貫いた。曰く。

「ルカーシュは、きみのことなんてこれっぽっちも好きではなかったんだよ」

 日頃、彼の心を疑ってばかりのアメリアにとどめを刺すには、充分な台詞だった。


 



BACK INDEX NEXT







inserted by FC2 system