魔女はむっつりと黙り込んだ。明らかに面倒臭がっている。 「まったくわかんない男だね。とにかく、リディアンヌはあんたに媚薬を盛ろうと考えた、そこまで分かっているならもうこっちから言うことなんてないよ」 オルレアンはむっつりと考え込んだ。やはりよく分からない。 「なぜ、あれが、私にそんなものを盛るのだ」 がく、と魔女の肩が下がった。弾みに滑り落ちかけた紅玉をあわてて捕まえる。ほーっ……と安堵の息をついてから、彼女は半眼でオルレアンを見やった。 「なぜって……おまえのそういう淡泊な態度が問題なんだろう」 「だから、なぜだ」 「ああ、もう、なぜ、なぜ、ってうるさい男だなあ! リディアンヌはおまえに好かれていないと思い、おまえに好かれようとした。あとの細かいところは自分で考えなよな、唐変木」 分かったらさっさと出ていきな、と怒濤の勢いで追い出され、オルレアンは呆然としつつ、魔女の家をあとにした。しばらく帰路を進み、歩みが鈍り、とうとう立ち止まる。ぽつり、と旦那様は呟いた。 「好かれていないと思っていて、好かれたいと思っている……?」 いかん。この問題は、不可解過ぎる。 自分の妻は、たいそう突拍子もない人間だったのだ、と改めて彼は思った。 しばらく前から玄関前の大広間で、うろうろと落ち着きなく歩き回っていたリディアンヌは、屋敷全体の気配が変わったことに気づいて、はっと足を止めた。オルレアンが帰ってきたのだ。すぐさま大扉に向かって走り出す。 「旦那様!」 帰って早々妻に出迎えられたオルレアンは、少々面食らったようだった。ゆっくりとまばたいて、リディアンヌを見つめた。その瞳がやわらかくとろけて、優しい笑みが浮かぶ。まるで慈悲深い聖職者のよう。穏やかで、敵意も、隔意もない。見上げる妻の頬を親指の腹でとてもとても丁寧に撫でて、そうして、首筋をすくうように引き寄せる。ああ、確かに、恋のよう。リディアンヌは思った。彼のまなざしは、手つきは、あまい息は、まるで恋をしているみたい。 (アニエスは、やっぱり、すごいのね) 誰も傷つけない、やさしいやさしい恋みたい。 「どうかしたのか」 彼はリディアンヌの顔をのぞき込んで、とても心配そうに呟いた。どうしてここまで出迎えにきたのか、何かあったのか、と聞きたいのだろう。リディアンヌはいつもみたいににっこりと笑った。 「旦那様がおひとりでお出かけになったと聞いたので、心配してしまいました。……わたしがお出迎えするのは、ご迷惑でしたか?」 きっと、今の彼は頷くまい、と分かっていて、聞く。はたして、媚薬におかされた夫は、いいや、と首を振った。 「嬉しいとも」 脳を溶かすような声が、耳朶を打った。 「だが、こんなところでいつまでも待っていては、風邪を引く。早く戻りなさい。何かあたたかいものでも用意させよう」 大丈夫です、と言おうとしたリディアンヌは、けれども少し苦笑して、素直に彼の言葉に従った。 一方、夫妻の様子を見守っていたーーというより固まって凝視していたーー使用人一同は、二人が去った瞬間、 「旦那様はいったいどうなさったんだ」「ついに壊れたのか?」「連日の疲れもたまっていらっしゃるのかねえ」「しかしあれはないだろ」「怖いって」「ばっかねえ、春よ、春」 好き勝手に喚き始めた。 |