紺碧




Interval



 目が覚めた。
 ひどく汗を掻いている。胸許を引っ張ってから顔をしかめる。そうだ、寝間着に着替えずに寝てしまったのだった。のろのろと寝台から起き上がり、浴室へ向かう。湯をかぶって汚れを洗い流し、石鹸も洗髪剤も思いっきり使う。それをすべて終えて冷蔵庫から野菜を取り出し、ほとんど洗っただけの生のまま食べていたら、端末が震えた。ヤーレンからの電話だった。こんな朝っぱらから、迷惑な奴である。
「なに?」
『あ、リルカ起きてたか! やばい、俺、悪魔撃退できちゃったよ』
「は?」
 何を言っているんだこいつは。
『だから、悪魔だって! おまえが行ってからさ、けっこう夜遅くに帰ったんだけど、その帰り道でぬうって出てきて! そんでなんか苛ついてたっぽいんだけどよくわかんないけどこうぬぬって寄ってきて! むりやり印つけられそうだし、もうめっちゃ怖かったから焦って端末振り回しまくった、ら、なんかいなくなった』
 説明が駄目過ぎてまったく話が掴めない。ぬうってなんだよ。幽霊かよ。
「……意味わかんない。なに、それ? ていうか、大丈夫なの? 怪我は? 頭大丈夫?」
『いやいやいやいやなんで頭だけ心配したの!? ぜんぜん大丈夫だから! 超正気だから! でさ、そんとき通信ゲームやってて。そういや悪魔って、あんまり電工街とか、電波塔付近には出ないらしいし、そういうの苦手なんじゃねえかって思ったんだけど』
「…………」
『リルカ?』
 怪訝そうな声にはっとする。
「あ……ううん。分かった。端末、ちゃんと持ち歩く。ありがとう」
『お? お、おお。あーあとさ、そいつ、雨なのに雨じゃないしなんなんだよ、みたいなこと言ってたんだけど、どういうことか分かるか』
「さ、あ……」
『そっか。まあ、気をつけろよ。おまえの姉ちゃんあれだし、身内って狙われやすいもんな』
「……うん、ありがとう。ヤーレンもね。あと歩きながらゲームしない」
『うっせ。じゃあな』
 うん、と小さく返して通話を切る。その端末をじっと見つめる。リルカは、紙の本をよく読む。それは、紙物が流行りだから。ウィルスが横行しているから。でも、本当にそれだけだっただろうか。いつでもどこでも電子機器を使うと嫌がるひとが、いなかったか。それは、たとえば、姉のすぐそば。
 かたん、とてのひらから端末が滑り落ちる。
(――手に入らないものを、ほしいと思うことは、おかしい?)
 おかしくはないさ、とうさぎは言うだろう。欲望は自由身勝手だから欲なのさ。けど、そんな月並みな言葉は聞きたく無いなあ、つまらないから。そんなふうに。
 リルカは残りの野菜をかっ込むように食べて、コートを引っ掴んだ。パスは、鞄にいれたまま。端末にタブレット、電子時計、とにかく思いつく限りのものを詰め込む。家を飛び出した彼女の向かう先は、白猫塔。
 姉のもとである。


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