どん、と凄まじい音を立てて雷が轟いた。
同時にざあああと豪雨が降り始める。夕立だろうか。
「……千乃、春夜」
「あ、佑香」
「あれ、どうしたの?」
たった今気付いたらしい千乃が仰天して眼を丸くする。……気付くの遅いなぁ。
佑香は呆れたような、ほっとしたような顔で苦笑した。
「ううん、たまたま見えたから、ちょっと来ただけ。二人こそ何してるの」
「んんん、ちょっと水を呑みに」
「不味くない?」
「不味い」
ふは、と笑う。すると佑香は、もう、と言ってあたしの背中を叩いてきた。う、結構痛い。
「ん? てか間中は? どしたの?」
不思議そうに言う千乃の言葉に、あたしもそういえばと首を捻る。確か、佑香は間中を引っ立てて出ていった筈だったけど。
と、佑香はふんっと鼻を逸らして憤懣やる方ないとばかりに腕を組んだ。
「知らないっ」
「や、知らないって、連れてったのあんたでしょ?」
「またおちょくられたの?」
「またってなによう、またって!」
佑香はむっと眉間に皺を寄せた。あたしと千乃は顔を合わせて可笑しそうに笑い合う。
文句を言う佑香は、だけどどこか照れてるみたいな雰囲気があったから。
安心して、からかえる。
「だぁめだよー、置いてっちゃ。可哀想じゃん」
「何可哀想って」
「迷子とか」
「う、ありえる。やだなぁもう、探しに戻った方がいいかな」
「あっは、佑香、人が好過ぎる。ほっといても大丈夫」
「でも雨降ってきたからねぇ」
「そこ問題なの? ——あ」
千乃に突っ込みつつ、そいや、と顎に指を当てる。
「ん、なに? どした」
「千乃さぁ、深緒達探しに行ったんじゃなかったっけ」
「ああうん。でも見つかんなくて。まぁいいかなーと思ったんだけど。ぶっちゃけ、深緒って後半、そんなに出番ないからねぇ」
「ああ寝てるだけだもんね」
「ん。だから、じゃ帰っかー、と言いましたら宗治の野郎がまだ探すとか言うから託してきました」
「酷っ!」
「あたしより千乃の方が酷いよ!」
あっはははは、と弾けるように笑って、それじゃあもう一度探そうか、ついでに宗治も、と千乃が言う。あたしと佑香は笑いながら頷いた。
雨のせいか、じっとりと湿気が増している。うだるよう。暑い、といつも以上に思った。
ざぁざぁと降る雨の音が耳鳴りみたいに響く。千乃の言葉が頭から離れない。——ああ。
(あたし、本当に、駄目なやつだなぁ)
もう決意が揺らいでいる。決意、なんて言えるもんじゃないかもしれないけれど。
ぐるぐる、ぐるぐる。思いが頭の中で渦巻く。
——ああ、そうか。
だから、あんなに、佐川の傍にいるのが怖かった。なびいて、取り返しのつかないことをしそうで。……取り返しのつかないこと、なんてどんなことだ。冷静に考えると意味が分からない思いだ。だけど、たぶん、それがこういう“すき”なんだろう。
遠くを見るような佐川の眼差し。
同じように、遠くで好きでいたかった。
(……佐川の好きなひとは、どんななんだろうなぁ)
遠いひとを好きになるようなひとだと、ずっと思っていたけれど。
「あ、ねぇ、あれ深緒じゃない?」
「え、——」
叫ぶように言った千乃の声に、反射的に顔をあげる。佑香も、あ、本当、と口元を綻ばせた。だけどあたしの位置からはよく見えなくて、どこ? と背を伸ばす。あそこあそこ、と佑香が笑いながら指差し、——その笑みを瞬時に凍り付かせた。
え、とあたしはもう一度呟く。どうしたんだろう。
千乃の方を見ると、千乃も同じように表情を引きつらせていた。
「え、何、どうし——」
「や、うん、なんか取り込み中っぽいからさ、」
「あ、そう?」
何故か押しとどめようとしてくる二人を無視して、あたしはどれ、とばかりに深緒を探した。
見つけて固まった。
深緒は佐川と一緒にいた。いつの間に教室出てたんだろう。不思議だなぁ、とぼんやり思う。
まるで泣くような姿勢で項垂れた深緒。
その頭を、佐川が遠目にも優しく撫でていた。
……困ったことに。
そのときあたしがまず思ったのは、木戸くんが見たら泣くんじゃないかな、だった。